15.儚き存在、守る存在
〜宗次郎視点〜
「ふぅ……終わったか。」
一息入れ、目の前で大の字に倒れた辰時を見下ろした。
撃ち抜かれた右肩から大量の血が流れ出ているが、なぁに命に別状はない。急所は外しておいたからな。そんでもって、弾丸に込めた剣の魔力によって、全身の筋肉を麻痺させたし、当分は動けねぇだろう。
にしてもまぁ……随分と傲慢な奴だったなぁ……凄腕だったが、能力に頼りすぎたのが敗因ってとこかな。まぁ、勝ったからどうでもいいけど。
「……あ、それよりガキんちょ!」
ってこんなことしてる場合じゃなかった。どっか行ったガキんちょ探さねえと!
「宗次郎さん…!」
………………って、あれ? 何故だ? 何故ものっそい近くからガキんちょの声が聞こえるんだ? あれか? 幻聴?
「ってんなわけあるかい! ガキんちょ!!」
っという感じに心の中の俺に一人ツッコミ入れて、俺は声のする方へ振り向く。
さっき俺が辰時に吹っ飛ばされた時にできた穴。そこの向こうで、ガキんちょが情けなくへたり込んでいた。
「ガキんちょ! 無事か!?」
一足飛びでガキんちょの下へ駆け寄った俺は、ガキんちょの傍に跪いた。
近くで見ると、ガキんちょの顔は頬の部分が擦り剥けて、服も埃まみれ。右足の膝からは血が滲み出て、しかも意気消沈した感じに顔色は悪かった。
「う……うん。」
いや返事はしてくれたけど無事じゃないよなこれ。どう考えてもボロボロで今にもぶっ倒れそうだよなこれ。
「…まぁ、大事じゃなさそうだな……ふぅ。」
「…………。」
安堵のため息を吐く俺とは裏腹に、ガキんちょは俯いたまま動かない。若干体が震えている気もする……まったく、世話の焼ける奴だな。
…でもま、うちの連中に比べたらまだマシ、か?
「しゃーない……少し落ち着いたらさっさとここから出るぞ。」
「……うん。」
蚊の鳴く声のようだが、一応返事をした。
「さて、と。」
とりあえず、ガキんちょが落ち着くまでの間、俺はさっきぶっ飛ばした辰時の奴から情報を聞きだすとしよう。奴ほどの手慣れなら、何か情報を持ってるはずだしな。
つーわけで、俺は立ち上がって振り返った。
「『火薬……増幅』。」
【ピン】
!!!???
「ヤバッ!?」
サーっと血の気が引くのを感じた俺は、ガキんちょを抱え上げる。ガキんちょから小さな悲鳴が聞こえたが、それを気にしてる余裕はない。
気絶してた辰時が、強化した手榴弾のピンを口で引き抜いてすぐ脇に転がしやがったからだ。
「ひ、ひゃははは、ヒャハハハハアッハッハハハハハハハハハハハハハ!!!」
ガキんちょを抱えたまま部屋を飛び出し、背後で辰時が狂ったように笑う声が聞こえてくる。
「ギャハハハハハハハハハハアアハハハハハハハハハハハハ!!!!」
爆発力を考えると、階段で下りる暇はない。なら!!
「シャハハハハハハハハッヒヒヒヒハハハハハハハッハハハハハアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「うおりゃああああああ!!!!」
ガキんちょを抱きかかえたまま、俺はビルの三階の窓に向かって飛び込んだ。
直後、廃ビルの三階が今までの奴でもっともでかい爆発によって吹き飛んだ。
「…………。」
数分後、炎上する三階から下にある二階と一階の間の壁。そこで俺はガキんちょを抱えたまま、剣を突き刺して宙ぶらりんの状態になっていた。
俺は今疲労困憊のガキんちょを抱えていた手前、できればこんなスタントマンみたいな危なっかしい真似はしたくなかったが……。
「……ふぅ。」
一息つき、壁を蹴って剣を抜き取って重力に従って硬い地面の上に着地。大した高さじゃなかったから、膝を曲げて衝撃を和らげただけでガキんちょに負担はかからなかった。
あのまま三階からクッションも何もないアスファルトの上に飛び降りたら、俺は大丈夫だろうけどガキんちょの体が持たないだろうと判断して、咄嗟に落下の途中で剣を突き刺してみたんだが、正解だったな。
「まったく、一日でひどい目にあったぜ……おい、ガキんちょ大丈夫か?」
今日一日の出来事に文句たれつつ、脇に抱えたガキんちょを見下ろした。
「…………。」
「? ガキんちょ?」
……なんか様子がおかしいな……。
とりあえず地面に降ろし、力無く座ったガキんちょの顔色を見る。だが俯いててさっぱりわからない。
「オイ、ガキんちょ。どした? 気分悪いか?」
「…………。」
目線を下げて顔を見ようにも、影になっててやっぱり見えない。気絶してんのか? いや、体がわずかに震えてるからそれはない……。
「…………。」
……ん〜。
「…なぁ、ホントに大丈夫かよ? 腹でも壊」
「……っ……。」
「したか………あ?」
言ってる途中、ガキんちょの口からほとんど聞き取れないくらいの声が聞こえた気がした。
「……った……。」
「? あんだって?」
でも何言ってんのかわからないので、顔を近づけてみる。
「恐かった………恐かったよ………。」
…………あぁ、なるほど…………。
「ずっと……あの、黒服の人達が、追ってきて。ずっと、殺してやるって、いう感じの目で、追ってきて。隠れても、振り払っても、ずっと、ずっとあの人達が、探し回ってて……!」
ガキんちょが、自分の身に起こった恐怖を吐き出すように連ねていく。その声は、徐々に涙声へと変わっていった。
「ずっと……ぅ……ずっと、追って……体が痛くても……ヒッ……睨んで、きて………ぅぅぅ……っ!」
俯いて表情はわからない。でも、ガキんちょの頬から涙が流れ、顎から滴り落ちていく。
「恐くって……恐くって、恐くって恐くって………ぁぅぅ………殺されるかと、思って………。」
気付かないうちに、ガキんちょが俺の服の袖を掴む。力いっぱい握り、服が皺になっていく。
「何で……何で私なの……なんにも、してない……のに、何で……こんな、痛い思いしなきゃいけないの……恐い思い、しなきゃいけないの……?」
…………。
「なんで……こんな目に合うの……私……!」
……………
ふぅ。
「ん。」
「…………。」
そっと、まるで訴えかけるように話し続けるガキんちょを抱く。
震える背中に手を回し、優しく撫でた。
「そっかそっか。恐かったか。頑張ったなぁお前。」
「…………。」
子をあやすように、俺は語りかける。
―――こいつは、同じだ。
「もう、大丈夫だからな……恐い思い、しなくていいからな……。」
小さく、それでいてしっかり聞こえるように、耳元で囁く。
―――小さな背中に、理不尽な重荷を背負わされて。
「絶対、傷つけさせないから……。」
やがて、体の震えが少しずつ収まっていく。
―――逃げ出したくても、逃げれなくて。
「だから……安心しろ?」
ポンポン、と背中を軽く叩いた。
―――迷うことも許されない、あの子に。
「……ぅぅ……。」
俺の胸の中に顔を埋めるガキんちょから、くぐもった声が聞こえてきた。
―――こいつは、似ている。
「ぅぅぅぅぅ……ヒク……。」
「よしよし。」
その声は泣き声に変わって、俺の中で小さな嗚咽を漏らし始める。
―――だから、俺は決めた。
「ぅぁぁぁぁ……!」
「……って、おーい……服ぐしゃぐしゃ……ま、いっか。」
服から肌に、ガキんちょの涙と鼻水が浸透してきたのが伝わってきた。冷て。
―――俺がここに存在する限り、襲いくる恐怖から守り抜く。
「はぁ〜あ……どうしたもんかねぇこれから……。」
とりあえず、俺はいつの間にか日が落ちて暗くなった空を見上げた。空には、満天の星が輝いていた。
―――静かに泣き続ける、この儚い存在を。
―――かならず。
次回から宗次郎と直子の白樺島ブラリ旅(という名の逃亡劇)。