14.廃ビルの戦い5
直子vs黒スーツの男三人、辰時vs宗次郎。ついに決着。
〜直子視点〜
落ちた石が階段の下で大きな音をたてたせいで、地下を捜索していた男が靴音を鳴らしながら戻ってくるのが聞こえる。それも歩いてるんじゃなくて、走って。
「ど、どうしよう…!」
私は慎重な行動を忘れて、早まった自分を責めた。
このままだと、間違いなく捕まる……上へ行って逃げないと!
「!! いたぞ!! ガキだ!!!」
「!?」
階段に足を乗せた瞬間、声が下から……じゃなくて、私が来た廊下から聞こえてきた。
……そういえば、男は三人いたんだった。
「い、いやぁぁあ!!」
一瞬で頭が真っ白になった私は、階段を二段飛ばして上りだす!
「逃がすなぁ!!」
背後で男の怒声が響く。靴音をけたたましく鳴らしながら、私を追ってきた。
「ごはぁ!?」
「ぐぇぇ!?」
あ。
「て、テメェ何してやがんだ!?」
「お前こそいきなり出てくるな!!」
チラリと振り返ると、地下から急いで上がってきた男と、私を見つけ出して追ってきた男が正面衝突して一階の踊り場でもつれ合ってるのが見えた。
テレビだったらここで笑うとこだろうけど、現実で追われていた私にとっては不幸中の幸いだった。
今がチャンスとばかりに、私は階段を一段飛ばしつつ駆け上がる。踊り場では、手すりを軸にして遠心力を付けつつ、最小限の動きで階段に足をつけていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……!!」
二階へ上がる途中で、息が荒くなる。こんな程度ですぐに息切れする自分の体を呪いながらも、必死に駆け上がる。その間にも、下では口論をやめて追跡を始めた男二人が追ってきていた。
だから立ち止まれない。立ち止まったら、すぐにでも捕まってしまう。せっかくリードしているのに、ここで追いつかれちゃ、
「あ…っ!?」
ダメ、なのに…………階段に、躓いた。
「! ……つぅ…。」
階段の角に右足の膝をぶつけ、例えようにない激痛が駆け巡る。思わず蹲って、痛みを和らげようとしても、痛みが波のように押し寄せてくる。
「うぅぅ…。」
目から痛みで涙が落ちる。オマケに、打った箇所からは血が滲み出てくる。
それでも、男達が階段を駆け上がってくる音が耳に入って、這いながらも階段を上った。
(い、痛い……痛いよ……。)
三階の踊り場に着いて、手すりを支えにどうにか立ち上がった。それでも、痛みが引いたわけでもなく……フラつく足で立っているのが精一杯。手すりを支えにして、空いた右手で膝の怪我を抑えることしかできない。
(何とか……何とかしなくちゃ……。)
この足で逃げるのはもう無理。男達の靴音が、すぐ下の二階から聞こえてくる。
ここから何かを投げれば、男達を怯ませることが可能かもしれない……でも、見回しても何も置かれていない。追われる原因となったコンクリートの欠片が、こんな時に限ってない。
もう、絶体絶命だった。
(何か…何か無いの……!?)
男達がすぐそばまで来ている。それでも、私は捕まりたくない。何とか怯ませることができれば、それでいい。
さっきみたいな、コンクリートの欠片……拳大の、しっかりとしたダメージを与えれる物さえあれば……!
(何か……!!)
何でもいい。崩れない、頑丈な石ころ。拳大の、大きな石ころ……!
【コンッ】
「……あれ?」
ふと、私は爪先に何か硬い物が当たった感触がして、足元を見てみる。そこにあったのは、拳大の、灰色でゴツゴツした、いかにも頑丈そうな歪な形をしたコンクリートの欠片。
「な、何で?」
思わず呟く。さっきまでここに無かったと思ってたのに……見落としてた?
「ガキィィィ!! もう逃がさねええええ!!!」
「!!」
怒声が響き、三階の下の踊り場まで駆け上がってきた男二人が怒りの形相で私を睨む。
(よ、よくわかんないけど、これで!!!)
私目掛けて、突進の如く階段を駆け上がってくる二人の男。対して、迷わず足元に転がっていた石を私は怪我から右手を離して掴み取った。
「うわあああああああああ!!!!」
絶叫を上げ、私は石を振り上げて、渾身の力で投げつけた。石は真っ直ぐ、硬く尖った部分を向けて、頭から血を流してる男に飛んでいく!
「ぐぎゃぁぁぁあ!?」
鈍い音をたて、石は男の額に命中。咄嗟に防御も出来なかった男は、痛みと驚きで階段から足を滑らせる。
「わ、ちょ、ま、うおおおおお!!??」
後ろにいた男は、階段から転がり落ちる男を受け止めることもできないで巻き添えを食らって……下の踊り場まで落ち、また鈍い音をたてた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。」
石を投げた体勢のまま、私は肩で息をする。下の踊り場で、二人の男が目を回して気絶しているのが見える。状態からして、起き上がることはない……と、思う…。
「………は、はぁ………。」
思わず腰が抜けた私は、ペタリと座り込んだ……スカートが捲れようとも、そんなの今の私には関係ない。今は、脅威を取り除いたことでの安堵で一杯だった。
「や、やった……アハハ……。」
無意識のうちに、私は力無く笑った……。
ともかく、これで宗次郎さんがいる上の階に……。
「見つけたぞぉ? ガキぃ…。」
「……え?」
影が、私を覆う。低い声を聞いて、私は恐る恐る振り返った。
三人目の男が、そこで手を広げているのが目に写った。
「捕まえたぁぁぁぁぁ!!!」
「ひっ!!」
飛び掛ってきた男にすっかり腰が抜けた私は、ただ腕で顔を覆うことしかできなかった……。
【ドゴォォォォン!!!】
「ぐぶぇぇぇ!!??」
………え?
「な、何?」
腕を離すと、そこには男の姿が消えて、代わりにもうもうと立ち込める埃が視界を遮っていた。
少しずつ、埃が晴れていく。まず最初に目に映ったのは、うつ伏せに倒れた男。白目を剥いて、驚愕の顔のまま倒れていたから、思わず後ずさった。
続いて、さっきの黒スーツの男の上に圧し掛かるように同じくうつ伏せに倒れている、白い長髪の男。口から血を吹き出して、苦しげな表情から見える病的なまでに白い肌と、血のように赤い目。それと、体を覆う白いコート……だったと思う物は、血で所々赤く染まっていて、すでに原色がわからなくなってた。
最後は、頭が逆立った茶髪の、見慣れた独特の髪型。見慣れた白いジャケット。見慣れた顔……。
「そ……宗次郎、さん?」
蒼く輝く剣を持った、何度も心の中で名前を呼んだ人……宗次郎さんが、埃の中をゆっくり立ち上がっていくのが見えた。
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〜ライター視点〜
「ぐ、ごぉぉぉぉ……!!」
口から血を噴出し、顔だけ上げる辰時を宗次郎は立ち上がって睨み付ける。背中から強烈な攻撃を喰らい、さらに床と衝突したことによって凄まじいダメージを全身に喰らった上に、同時に床に穴が開いてそこから落下したにも関わらず、この男はまだ意識が残っていたことに、宗次郎は内心驚いていた。
(ったく、何ちゅー奴だ……あんだけ喰らっておいて、まぁだ立ち上がろうとしてやがる。)
仁王立ちのまま、どうにか立ち上がろうとしている辰時を睨む宗次郎。辰時は立ち上がり、フラつきつつも、クッションになったであろう気絶している部下の男に意味不明な言葉で悪態を吐きながら蹴りつけた。
(やっぱり、あれか。物質強化による筋力強化か……全く、やっかいな魔法だなぁオイ。)
ようやく体勢を立て直した辰時は、口からのみならず、頭から、体中から夥しい血を流しつつ、未だ折れていないナイフを構えた。
(ん〜……こういうのは決まって弱点があるはずなんだが……さて、どうしたもんかね。)
もはや今の辰時に戦闘力はない。真剣な顔で睨みつつも、宗次郎は空いた左手でケツをポリポリと掻き始めた。
(ん〜…………
あれ、そういや……。)
ふと、今までのことを思い出す。
(………こいつ、攻撃する時や防御する時、しょっちゅう呪文唱えてたよな……。)
手榴弾を投げつける瞬間。
ナイフで攻撃する瞬間。
コートで防御する瞬間。
体の筋力を強化する瞬間。
どれも全て、呪文を唱えてから。
(ってことは…………………あ。)
まさにピコーン、と漫画のような電球が、彼の頭の中で光った。
(なるほど……そゆことですかい。)
「この……ガキがぁぁぁ……!!」
ニヤッと笑う宗次郎とは違い、辰時は体がボロボロで、それでも怒りで顔を歪ませつつ宗次郎に敵意を向ける。
「さ、てと……。」
不敵な笑みを浮かべながら、宗次郎は剣をクルクル回転させ、余裕であることを示した。
「最終ラウンド、スタートといきましょうか……。」
パシッと回転を止め、
「お前は……終わりだ。」
笑みを浮かべつつも、尋常じゃない覇気が体から溢れ出る。それを感じた辰時は、思わず体が一瞬震えた。
「が、ガキが……この、クソガキがぁ……!!」
もはや元の顔がわからないほど、顔が歪む。すぐそばで小さな悲鳴が上がった気がするが、それにさえもはや辰時は気付かない。
ただ、彼の中にあるのは目の前にいる男に対する明確な殺意。プライドをズタズタにされたことによる、怒りだけだった。
「図に乗るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
咆哮の如き叫びを上げ、ナイフを振り上げて駆け出す辰時。
「うおおおおおおおお!!! 『腕の筋力増強金属硬質化』ぁぁぁぁぁ!!!!」
早口で呪文を唱え、ナイフを振り下ろす。今までにない力を剣で受け止めた宗次郎は、あまりの力に吹き飛ばされて壁を破壊して突き抜けた。
「っとい!」
だが、大したダメージを受けておらず、勢いを殺すことに成功して隣の小さな部屋で一回転して起き上がった。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
それに構わず、辰時は雄たけびをナイフを突き出したまま特攻してくる。その目からは、すでに理性など吹っ飛んでいるのがわかる。
「『全身の筋力増強』……!」
もうじき届く瞬間、地響きがするほど強く右足を踏み出す。
「『金属硬質化』ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
力強い突きが、風を切り、宗次郎の心臓に迫る!
「もらったぁぁぁ!!!」
が、その音速の如く突き出されたナイフを払いのけ、宗次郎は剣を突き出す。
「!! 『繊維硬質化』!!!!」
だが、その攻撃は金属の如く硬質化されたコートによって防がれた。
(しくじったか! このガキ!!)
辰時は思わずほくそ笑む。すでに宗次郎と辰時の距離はゼロ距離。ナイフより小回りが利かない剣に比べ、辰時のナイフは宗次郎をいつでも狙える。
「小僧!!」
ナイフを硬質化させず、そのまま振り上げ、
「私の勝ちだぁぁぁぁぁ!!!!」
ギラつく凶器を、宗次郎の無防備な頭に振り下ろす!
【ガシャッ】
前に、宗次郎は右肩にオートマチック型カスタムハンドガン、『烈鬼』を押し当てた。
「悪いけど……。」
そのまま、宗次郎はニヤリと笑う。やがて烈鬼は蒼い輝きを帯びていき、
「少しの間だけしか物質強化できない、お前の負けだアホたれ。」
言い放った宗次郎は、蒼く輝く銃の引き金を引く。
【ドォォン!!】
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
油断しきっていた辰時の右肩を、強化が解けたコートを宗次郎のセルアルカブレードの力が宿った9mmパラベラム弾が貫いた。
辰時の右肩から全身に蒼い弾丸に宿った魔力が行き渡り、体中の筋肉の能力が麻痺した辰時は吹き飛ばされ………部屋の中央に、仰向けに倒れこんだ。
「はい、王手な。」
宗次郎は左手の銃と右手の剣を、器用に回してからそれぞれホルスターと鞘に収めた。