1.くだらない日常
この小説は、『言の葉の森』の企画小説です。
私の人生なんて、別に大した価値なんてないさ。
ただ父親の言う通りに生きて、ただ周りの言いたいことを言わせて、ただからかってくる連中を他人事のように傍観して、ただ何の刺激も感じない退屈な毎日をすごして……こうやって意味のない時間のループを繰り返すだけ。
将来は医者になれという父は、つねに名声を欲していたし、おかげで家の中にいる時はつねに勉強、勉強。おまけに毎日塾にも行かされるし、遊ぶ時間なんてこれっぽっちもない。もっとも、遊ぶったって私は運動が苦手だから、遊べる相手なんていないに等しい。むしろ私の同年代は全員私を避けていく。
こんな毎日を送る私の人生に価値があるとでも? あるなんて言う人がいたら、その人は私のことを全く理解していない、人格者ぶりたいアホな人だ。まぁ私が人生価値ないなんて口に出したことないから、そんなこと言う人に会ったことすらないんだけどね。
とまぁこんな感じに人生を悲観している私だけれど、別に死にたいってわけじゃない。やりたいこととかないけど、死ぬのは私だって恐いしね。けど、こんな人生、とっとと終わってくんないかなぁとか思っている私もいる……矛盾している、なんて百も承知。
だから、人生を変えるようなことなんて望んじゃいないし、興味もない。ただ当たり前のことをやりながら、やがて死ぬ。それでいい。それが私の人生なら、それで。
母さんがいない人生なんて、何にも無いから。
でも…………ある事件がキッカケとなって、
私の価値のない人生は、大きく変わっていくこととなった。
〜直子視点〜
【チュンチュン…】
小鳥が空を優雅に舞いながら飛ぶ光景が見える教室の窓。
『よーい…ドン!』
その窓から見えるグラウンドで短距離走を行っている数人の先輩達。
「それで、この動名詞を…。」
目の前の黒板にコンコンと音をたてながら白チョークで文字を書いていく担任の先生。
(今だ!)
【コツン】
そして先生が目を離した隙に後ろから四つ、千切られた消しゴムを私の後頭部目掛けて投げつけてくる四人の男子。
「プッ!」
「クスクス……。」
それを見て私を指差しながら愉快そうに笑う女子八人とその他の男子五人。
「…………。」
けれど、それを見て何とも思わない私がいる。いつものことだ、と思って、ノートに先生が書いていく文字を書き写していく。その間にも、先生が黒板に向いた隙をついて後ろから消しゴムを投げつけてくる。消しゴムどれだけ持ってきたんだろう。いやそれよりもそんなことしてる暇あるならノート写しなよ……いや、楽しんでるから無理よね。
このクラスは、私がこの学校に入学した時、最初にお喋りなクラスの中に溶け込めずに中学デビューを失敗してしまって、それ以来私は見事に格好のイジメのターゲットにされてしまった。元々喋らないし、この内気な性格だから無理もないと思う。喋ったとしてもボソボソっと喋るからあまり聞こえないって言われるし。
……でも、いくらなんでも先生までも一緒に私のイジメに参加することないじゃない……私何もしてないのに、全部私のせいにして。今も完璧無視してるでしょ。消しゴム投げつけられた時こっち見ましたよねチラっと。
「中松! 話を聞いているのか!?」
……聞いてるじゃないですか先生。こっち睨まないでくださいよ急に。少なくとも後ろで消しゴム投げつけてた人達よりかちゃんと授業聞いてますって。今は投げつけるのやめて小さく笑ってますけど。
「……聞いてます。」
でも、私にはそんなこと言う勇気なんてないから普通に答えておく。
「ホントだな? 今度授業聞いてなかったら、廊下に立たせるからな!」
古いですよ先生。あなたはいつの世代の人なんですか。まぁ見た目からして中年ですけど。
「……はい。」
でもやっぱり無駄に逆らうことはしない私は、大人しく返事して終わった。後ろにいる連中は皆して『バーカ♪』とか囁きながら笑っているし…………慣れたものだけどね。
「…………。」
そして、もう一度ボンヤリと窓の外を眺める。グラウンドで走っていた人達は、皆走り終えたらしく、タオルで汗を拭きながら和気藹々と校舎へ戻っていく。でも私の視線は、グラウンドではなくある一点へと目を向けていた。
この白樺島のシンボル、『大樹』。ちょうど島の中央に位置している、数々の伝説があると言われている神聖な木。特に名称はなく、昔から誰しもが『大樹』と呼ばれていた。
そして、あの大樹の伝説の中で一番有名な伝説。それは……
『どんな願いも叶えられる』
……なんていうのは、ありえないけれど。その伝説が本当なら、もう皆願い叶えて人生楽し放題だし。けれどそんな話は聞いたことがないし、単なる観光客を寄せるための観光名所にしたかっただけなのがバレバレ。
「……はぁ。」
そう思うと、つくづく存在理由が問われる木だなぁって思う。
【コツンッ】
「つっ!」
ふいに後頭部に消しゴムより硬い物体が当たった。床を見てみれば、掌サイズの石ころだった。
「こらぁ中松! お前また授業聞いてないな!!」
「…………。」
……長い、面倒で鬱陶しい一日はまだ始まったばっかりだ。