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黒猫の奮闘記

 

 少女は魔法界でも名だたる名家の3女として生まれ、何一つ不自由なく育つ。少女は『美しい花』『綺麗な湖』などの意味を込められた煌びやかな名を貴族の両親から授けられ、大層立派な魔法使いの使い魔になることを約束されていた。


 彼女の家系は代々猫の使い魔である。巷に溢れる雑誌の中でも魔法使いの使い魔ランキングとして堂々たる1位を守り続ける、希少な猫の家系であることは、少女の人生を勝ち組たらしめること間違いなしだ。何せ猫は保有する魔力の量が他とは段違いであった。

 トカゲや蝙蝠、烏に鼠など使い魔によって特徴は様々であるが、魔力の量だけで言えば猫はぶっちぎりであった。つまり派手な大魔法を使う魔法使い程、自身の使い魔に猫を欲しがる傾向がある。

 そんな大魔法を使える賢者レベルの魔法使いは大抵が高給取りである。よって猫で生まれた時点で、魔法界において幸せな生活を遅れること間違いなし。少女は幼い頃から自身の恵まれた環境に気付いており、己の利益に敏感、そして狡賢い性質があった。


 連日届く魔法使い達からの嘆願書類をペラペラと捲り、今日も今日とて少女は顔写真を上から下まで舐め回すように見る。なぜなら少女は面食いであった。高給取りは当然として、イケメンで頼りになる強くて優しい魔法使いが良い。そして他所の使い魔に目移りすることの無い、誠実な男性をパートナーとして受け入れたい。少女は最近、胸をときめかせる少女漫画にハマっていた。漫画に出てくる王子様のような格好いい人がいい。それ以外は及びじゃない。貧乏人はいっそ蛞蝓でも使い魔にしててくれ。

 少女は裕福な家庭で伸び伸びと、そして自由気ままに育ったお陰で立派なクソガキに育った。劣等種族や三流の魔法使いを見下し、煽るのだけは一丁前に得意な生意気な娘であった。


 少女は生意気なクソガキであったが、その能力だけ見れば非常に優秀である。元来の優秀な血統と、連日家庭教師に扱かれたお陰で、少女は使い魔でありながらも魔力のコントロールは同年代の使い魔の中でも群を抜いていた。まだ成長途中である少女の身体にはそれ程の魔力は保有されていないが、やがて成長と共にどんどん増えていくこと間違いなしである。なぜなら血統が良いから。


 少女は中でも癒しの魔法が得意であった。まだ見ぬイケメンの魔法使い、いつか自分が主人として仕える王子様のような男性が、もしも傷を負った時に優しく慈しみを持って癒してあげるのだ。そしたらきっと頭を撫でて御褒美として宝石をプレゼントしてくれるに違いないのだ。少女は自身のたっぷりとした白茶のくせ毛を櫛で解き、機嫌よく鼻歌を歌った。


 ※※※


 上の2人の姉は、真っ白い毛並みが美しい評判の美人だった。使い魔としても優秀で、彼女らと契約をした魔法使いは二人とも賢者になって今では世界中を豪華客船で旅をしているらしい。

 少女は鏡に写る自分の顔をじっと見つめて、小さく溜め息をついた。身分も能力も全てに恵まれた少女の、唯一のコンプレックスはこの顔だった。

 白茶のくせ毛に、鼻のあたりのそばかす。他の猫に比べてあなたは魔力が少ないと言われ続けてきたから、少女は必死に努力をした。毛並みだって毎日整えて、いつ撫でられても恥ずかしくない様な艶々のフワフワに仕上げている。

 だって私は、その辺の猫よりも毛並が綺麗で艶々で良い匂いがして、魔法だって得意なんだから。少女の小さなコンプレックスは、そうやって周囲を見下すことで埋めていた。


 そんな少女の元に新たな嘆願書類が届いたのは、よく晴れた夏の日であった。差出人を見るなり少女の両親は浮き足立って諸手を挙げて喜んだ。


 レオ・ラインハルト、魔法界でその名を知らない者は誰一人いない。


 かの魔法大戦において一躍有名になった、ゴリッゴリの軍人であった。魔法国防軍の有名人の姿は、さすがの少女にもすぐに思い浮かんだ。写真でしか見たことがなかったが、少女はすぐさま首を縦に振った。文句のつけようもない麗人である。翌日のお披露目会までに、少女は気合を入れて準備を始めた。


 ※※※


 たっぷりとした白茶のくせ毛は丁寧に櫛を通して、従者が編み上げた。レースに飾られたふんわりとしたスカートが膝を擽る。少女は唇に塗るリップを何色にすべきか1時間悩み抜いた。これから始まるかの麗人との二人暮し、少女は自然とにやける頬をグッと堪え、精一杯の澄まし顔をつくった。


 数回のノックと共に現れた立派な軍服に、「ようこそいらっしゃいました!」パッと花が綻ぶように少女が微笑みかけると、客人も己の魅力を最大限に引き出すかのように薄く微笑みを返してきた。少女は一瞬で有頂天になる。

 金糸の髪に碧い瞳、無駄なく鍛え上げられた体躯からは強い魔力を感じる。軍人らしく腰から下げたサーベルがそこはかとなく威圧感を放っていた。写真でしか見たことが無い、レオ・ラインハルトが私の家で優雅に紅茶を啜っている。同じく正面に腰掛けた少女は、緊張から震える指先をキュッと握りこんで、嘆願書類を男の前にそっと差し出した。


「あ、あの…これ…」


「ん? ああ、同意してくれるのか。既に契約印もしてあるな。ありがとう」


 思った通りの声に、少女はポッと頬を赤らめ頷いた。いつでも出発できるように、荷物は既に纏めてあった。


「これからよろしく頼む。良い関係を築こう」


「は、はい…!」


 男が手配した羽馬車は乗り心地が良く、少女は窓から見える景色を存分に楽しんだ。何処に向かうのかと少女が問うと、男はニヤリと上機嫌に笑い「自慢の本部だ」とどこか誇らしげに言った。その表情はどこか子どものように無邪気だったので、まさかそこが隠し魔法だらけの物騒な軍事本部であるとはこの時の少女は思いもよらなかったのである。そして、この後に訪れる悲劇も全くもって想定外であった。


 ※※※


 おかえり、レオ。意外に早かったな。


 魔導書を何冊も抱えた、室内なのに黒いマフラーをしているボサボサの黒髪男を見て、少女は目を真ん丸に見開いた。猫がいる。私意外の、猫がいる。

 少女は愕然とレオ・ラインハルトを見上げ、わなわなと震える指先でもう1匹の猫を指した。声も無く訴える少女に、男はあっけらかんと「あいつも俺の使い魔なんだ。もう随分と長い付き合いだから、此処のことは色々とあいつに聞けば良い」と言ってのけた。少女は先住猫とレオ・ラインハルトを交互に見回して、そして腹の底から叫んだ。


「うっ、うっ、浮気者!!」


 あまりの剣幕に、男の碧眼が真ん丸に見開かれた。しかし怒りに燃える少女には知ったことではない。魔法使いが使い魔を何匹持とうが規制は無い。しかし基本的には1匹だ。何せそんなに無尽蔵の魔力を持った魔法使いはひと握りだからだ。このレオ・ラインハルトがそのひと握りだとは、少女は思ってもみなかったのだ。わけも分からず裏切られたという思いだけが胸中を渦巻く。


「なにそれ! ひどい!私意外の猫が居るなんて! 信じられない! く、黒猫なんて縁起でもない! ボサボサの髪! センスの欠けらも無いマフラー! おまけに縦にも横にもデカくて下品な猫だわ! 契約破棄よ、契約破棄!」


 取り繕うのも止め、ギャンギャンと喚く少女を黙らせたのは先住猫であった。ピクリと少女の暴言に反応した男は、カツカツと廊下を闊歩し少女の前に佇む。その圧倒的な体格差に少女は僅かに怯んだ。しかし、持ち前の負けん気の強さでギッと睨み返してみせた。少女を見下ろす男の鋭い灼眼に、魔力の保有量の高さを感じた。


「何よ、黒猫のくせに私に文句があるわけ?」


 少女の高慢な声色に、男は嘲るように笑った。


「レオが直々に迎えに行ったから何処ぞの高貴なお嬢さんかと思えば、ただの礼儀知らずのクソ餓鬼じゃねぇか。言っとくけど、黒猫だろうとお前よりは有能に働くぜ」


「なっ!? ボサボサの毛並みを整えてから言ってくださる? むさ苦しいったら!」


「見た目ばっかり気にして、肝心な時に主人を守れない貧弱な使い魔よりはマシだろ」


「それ私のことを言ってるの? 私、あなたのこと大っ嫌い! 近寄らないで!」


 牙を剥き出しにした言い争いに、終止符を打ったのはレオ・ラインハルトの「お前ら落ち着け」の一言であった。途端にお行儀よく身を引いた先住猫に、少女の怒りは更に煽られる。睨みつけた先の碧眼はただ静かに少女を見つめ返した。


「私、あなたを主人だとは認めないわ! 私のことを1番に愛してくれない主人なんて、絶対に嫌! 契約破棄するまで此処で篭ってやるから!」


 少女は手近にあった扉を開き、そこで籠城することにした。バタンと勢いよく扉を閉めて、内側から鍵をかければ微かにしか外の音は聞こえてこない。少女は扉に背を向け、ずるずるとしゃがみこんで啜り泣いた。

 こんな屈辱は生まれて初めてであった。自分よりも長い付き合いの使い魔がいる魔法使いなんて、死んでも御免だ。せっかく覚えた癒しの魔法も全部全部忘れてしまいたい。少女は手首に刻まれた契約印に爪を立てて、シクシクと泣き続けた。


 ※※※


 少女が閉じこもってしまった部屋を横目に、レオは溜め息をついた。使い魔であるロキもどこか恨めしげにこちらを見つめてくるのが気まずい。


「レオ」


「いや、言うな。分かっている。ただ少し…あー、想定外なアレで…」


「なんであんな我儘な仔猫をもう1匹に選んだんだよ」


「や、それはだな…」


 ごにょごにょと語尾を濁すレオに、付き合いの長いロキは主人の言わんとしたことが分かってしまい、それ以上の言及は避けてやった。しかし、文句くらい言わせてもらいたい。


「…俺、言ったよな。別にそういう気を使わなくて良いって」


「いや、でもな、お前も結構良い歳だし…寂しいだろうなぁって…血統も魔力の相性も良さそうだったし、お前あんな感じのちっちゃいの好きそうかなって…」


「で、結果がこれか。レオ、だから俺はあれ程猫はやめとけって言ったんだ。嫉妬深いんだよあいつらは」


 少女に好き勝手言われた悪口が思いの外堪えたのか、ロキはどこか拗ねたような声色で溜め息をついた。レオはそんな使い魔の様子にふむ、と顎に指を添えて頭を回転させる。

 元々すぐに馴染むとは思っていなかった。とはいえ此処まで拒絶反応を示すとも思っていなかったのだが。あの様子では、自分の使い魔の番候補として連れてきたと聞けば更なる大爆発を起こしてしまうだろう。

 レオは作戦を、少女をどうにかして懐柔する方向にシフトすることにした。手始めには餌だろう。今やすっかり慣れ親しんだ黒猫の、契約したてで荒れ狂っていた数年前を思い浮かべつつ、レオは指先をひと振りした。


 ※※※


 暗い部屋の中で蹲り、啜り泣いていると突然少女の肩が何者かに叩かれた。バッと顔を上げると目の前にある緑色の瞳孔がキュッと細まる。


「俺の部屋で何してんのぉ?」


 少女を覗き込むようにしゃがんでいたのは、緑色のフードを深くかぶった青年だった。チラリと覗いた舌が2つに割れているのに少女はいち早く気付く。

 トカゲ、と少女が呟くと、青年は「当たり」と頷いた。まさかまたレオ・ラインハルトの使い魔か。少女の怒りが再び爆発する前に、青年は少女によく見えるよう腕の契約印を差し出してきた。レオ・ラインハルトの契約印ではない。少女はほっと息をついた。


「ほら、俺も使い魔なのさ。マシューさんとこの。お前は誰の?」


 少女が泣いていたのに気付いたのか、青年は僅かに口調を和らげた。少女はそっと腕を差し出し、引っかき傷だらけの契約印を見せた。


「ああ、レオか。前にそんなこと言ってたからなぁ」


 青年は頷いてから、「嫌なの?」と首を傾げる。少女は何度も頷いた。嫌に決まっている。青年の問いかけに、少女は弾丸の如く愚痴を吐き出した。


「だって、二人目だなんて。私よりも先に契約して、可愛がられてる使い魔が先にいるのよ? 絶対絶対ぜぇったいに嫌。いくら主人が格好良かったって耐えられない。私、ずっと魔法の勉強も頑張って、毛並みだって最高にフワフワにしてるのに、どうやっても2番なんて嫌だもん」


「ははぁ、確かにね。そっちの都合で使い魔にしたくせに構ってくれないのは嫌だよねぇ」


「でしょ!? 主人の魔法使いから1番に可愛がられないなんて、使い魔として屈辱でしかないもの!」


「こっちは主人の為なら命張る覚悟で契約してんのにねぇ」


 少女は何度も頷いた。このトカゲ、中々に話が分かるじゃないか! 漸く泣き止んだ少女に、青年はさも名案とでも言うように指を1本立てた。


「じゃあ、寝首かけばいいんじゃない? そんな主人、さっさと始末しちゃおうよぉ。そしたら君は晴れて自由の身だよ」


 暗闇で光る2つの緑色の瞳に、サッと背筋が凍りついた。少女はゴクリと唾を飲み込む。

 え、と不安げな声が震える口から零れた。


「…そ、そんなの、いけないことだわ…使い魔が主人を殺すなんて…」


「バレなきゃ平気だよ。俺も前の奴らはそうしてきたし」


 少女は驚いて青年を見上げた。口調は冗談のように軽いのに、まるで嘘を言っているようには見えない。トカゲの使い魔の牙は鋭く、暗闇の中でもギラギラと光って見えた。少女は己の前にしゃがむ青年が途端に恐ろしくなって、また涙を溢れさせた。

 青年はそんな少女を見てケラケラと笑い、「でもレオは使い魔の扱いが上手いから、すぐにお前も懐くと思うよぉ」と慰めるように少女の肩をポンと叩いた。


 ※※※


 そんな話をしたものだから、少女は途端に青年の部屋に居たくなくなってしまった。

 そっと逃げるように扉を開き、散々喚き散らした大広間に顔を出すと、書類を運ぶ先住猫と目が合ってしまう。咄嗟に顔を背ける少女など見なかったかのように、ロキはそのまま歩いていってしまった。少女はそれに僅かな苛立ちを感じつつも、敢えて気にしていない体を装い大広間をウロウロと歩き回る。

 見慣れない環境は知らない匂いばかりで落ち着かない。真っ赤なカーペットに石でできた滑らかな壁。少女は途端に心細くなる。


 このまま放っておかれてしまったらどうしよう。


 契約破棄もされず、主人とも上手く関係を築けずに、この建物の中で飼い殺しをされてしまったら。私が主人だと認めないなんて言ってしまったから、きっと怒らせてしまったんだ。少女はスン、と小さく鼻を啜る。自慢の綺麗な三角形の耳がすっかり垂れ下がっていた。


「おい、レオは上の部屋でわざわざお前の阿呆みたいに多い荷物を整理してくれてんだぜ。少しはお前も手伝えよ」


 ぶわ、と驚きで少女の尻尾が膨らんだ。

 ぶっきらぼうではあったものの、少女が知りたがっていた情報を確実に与えてくれた先住猫は、少女の返事も聞かずに背を向けてしまった。寸でまで出掛けたお礼の言葉は、プライドが邪魔をして言えなかった。

 少女は途端に罪悪感が湧いてきた。猫は猫でも、例外として黒猫は魔法使いにあまり好かれていないことは男だって百も承知だろう。苛立ちのまま少女は種のことや見た目ことまで散々罵ってしまった。青年との会話で些か頭が冷えた少女は、自身のとった態度を既に後悔し始めていた。


 先住猫から教わった通り、階段を登った先の部屋に探し人は居た。何やら難しい顔をして、指先をあちらこちらに動かしている。それに呼応するように本棚が部屋の中を飛び回る。

 少女が来たことに気づいたのか、レオは振り向くと「落ち着いたか?」と苦笑いをした。まるで私が我儘を言ったみたい。少女は臍を曲げてぷい、と顔を背けた。

 レオは気にせず「家具の場所に希望はあるか?」と話しかけて来る。


「もう! いいってば、私がやるから!」


 辛抱切らした少女が言うと、男はふ、と穏やかに笑った。


「使い魔の生活スペース整えるのも、主人の役割だろ。良いところを見せて、早い所認めてもらわないとな」


「あ、それは…別に…」


「元々別の使い魔と契約していたのを黙ってて悪かったな。お前が怒るのも無理なかった。すまない」


 ここでいいか、と本棚を部屋の隅に下ろしてから、レオは少女の頭を撫でた。


「安心しろ。ちゃんとお前も可愛がってやるから」


 自信に満ち溢れた碧眼が優しく細まるのを、少女は至近距離で見てしまった。故に、一瞬にして絆されてしまった。元々面食いであった少女は、あっさりと男を主人として認めたのだった。


 だってすっごく顔が格好いいんだもの!


 既にゴロゴロと喉を鳴らし始める少女に、レオは小さく吹き出した。あの黒猫の時と違ってだいぶ短期決戦だったな、と。


 ※※※


 環境が突然変わるだけでも無意識にストレスがかかる。与えられた自身の部屋でウロウロとさまよう少女の元に、レオが食事を運んできた。


「もう暫くして此処に慣れてきたら、大広間で皆で食べようか」


 男が差し出してきた白身魚のソテーに、少女はヒクヒクと鼻を揺らした。


「ふぅん、悪くないじゃない。骨は?」


「安心しろ、全部取ってある」


 少女はにっこりと微笑んだ。魚は好きだが喉に引っかかる骨は大の苦手であったから。少女の使用人たちはそれをきちんと理解していたから、毎食の魚には小骨のひとつも付いていなかったが、どうやら言わずともレオは理解していたらしい。


 実はレオが厨房にて、あいつ何となく骨取るの苦手そうだしな、と些か失礼なことを考えての配慮であったと少女は知る由もない。主人である魔法使い手ずから食事を作ってもらうのは使い魔としても喜ばしいことである。

 ゆっくり食べろよ、と部屋を後にしたレオの背中に向けて、少女は小さく返事をした。


 ナイフとフォークを使って見事なまでの作法で食事を終えれば、次はデザートが食べたくなった。少女は食べ終えた皿を抱えて階段を降りる。賑やかな大広間では、長テーブルを囲むように数人の魔法使いとその使い魔たちが和気藹々と食事を楽しんでいた。冗談に屈託なく笑う先住猫を見てしまうと、なぜだか強い疎外感を感じてしまう。


 はた、と緑色のフードを被った青年が少女を捉えた。


「あれぇ、もう食べ終わったの?」


 モグモグと骨付き肉を頬張るトカゲの青年に、少女は口元をひくつかせて曖昧に笑い返した。あの物騒なトカゲは、少し苦手な分類にいる。

 数人の視線が一気に集まると、少女は途端に居心地が悪くなった。逃げるように身を翻して、お皿は部屋の前に置いた。


 自室に入るといくらか落ち着いたから、少女はベッドに腰掛け先程の景色を思い出す。トカゲだけではない。蝙蝠に、鼠のような使い魔もいた。バリエーション豊かな使い魔たちは、少女にとって未知の生物たちだ。今まで周りには同族しか居なかった。少女は彼等との接し方を掴みあぐねている。既に少女は、トカゲは物騒で恐ろしい奴だとびびっていた。


 少女はデザートは諦めることにして、早々に寝る支度をし始めることにした。


 ※※※


 あんまり早く寝てしまったものだから、少女は深夜に目が覚めてしまった。お城の薔薇のお庭に行きたい。少女はまた自室をウロウロと歩き回る。


 契約したての成熟前の使い魔が、しばしばこうして精神的に不安定になることはよくあることだ。つまりはホームシックである。少女は姿を人型に保てず、ついには完全な猫の形に戻ってしまった。ミャアミャアと親を呼ぶかのような鳴き声を繰り返す白茶の仔猫を咎めるように、窓枠から1匹の黒猫が降り立った。首に巻いた黒いマフラーが翻る。


「ミーミーうっせぇな。レオが起きちまうだろ」


 仔猫は三角形の耳をへにゃりと垂らした。


「なによ。しょうがないじゃない。寂しいんだもの。肝心のレオ・ラインハルトは何をしてるの? 使い魔がホームシックに苦しんでいるのに無視なの?」


「あの人は色々と忙しいんだよ。寝る時くらい誰にも邪魔されないで安眠して欲しいだろ。とっくに俺が防護壁張った」


「なにそれ、私がこんなに鳴いてるのに薄情なのね」


 仔猫はその場で身体を丸めてしまった。言われた通り鳴くのは止めたが、小さなピンク色の鼻がピスピスと寂しげな音を立てている。黒猫は耳をピクリと動かし、溜め息をつくと、小さな白茶の毛玉の傍で丸まってやった。


「早く慣れろ。そうやってずっと臍曲げてても仕方ねぇだろ。先輩からの忠告だ」


 仔猫は無視をした。なぜならそれは最もな意見だと思ったからである。思ったのだが、素直に従うのは癪に障った。

 背中に伝わる大柄な黒猫の体温に、仔猫はなんだか泣きそうになる。


蚊の鳴くような声で、「さっきは酷いこと言ってごめんなさい」と謝罪した仔猫に、黒猫は「俺も中々大人げなかった」と返してきた。互いに顔はそっぽを向いたままの、ぎりぎりまで意地を張りあった謝罪であった。


 ※※※


 翌朝、少女はベッドの上で目を覚ました。しっかりと首元まで布団が被せられている。誰が運んでくれたのか、検討は既についていた。


 身だしなみを整えて─とりわけ、毛並みには数倍の時間をかけて─大広間に向かうと、レオが新聞を読んでいる。少女は跳ねるように近寄って、「おはようございます」と微笑んだ。

 レオは手馴れた仕草で少女の頭を撫で、「そういえば」と切り出した。


「お前の名前を考えていた」


「…名前?」


「契約したからな。つけてやるぞ、名前」


 少女は目を輝かせた。どんな素晴らしい名前が贈られるんだろう。見目麗しい主人が付けてくれるのならば、きっと高貴で豪華で煌びやかな可愛らしい名前に違いない。

 少女が期待に胸を高鳴らせる一方、レオは猫の姿の時の少女を思い出していた。茶色でたっぷりとした長毛種、そしてやや癖毛気味。胸から腹にかけての真っ白い毛並。小さく丸いフォルム。レオは「決めたぞ」と微笑む。期待に胸を膨らませる少女は、次の瞬間硬直した。


「マルはどうだろう。丸いから」


「やだ!!!」


 コンマ1秒も無いうちに叫び散らした少女は、レオの読んでいた新聞をビリビリに引き裂いた。「あ、おい」と小さな抗議の声が上がる。

 少女はもう一度息を吸い込んで、「やだ!!」と繰り返した。レオは千々になった新聞を魔法で繋ぎ合わせ、元通りにしてから首を傾げる。


「そんなに嫌か? 可愛いいだろう、マルって。じゃあくせ毛だからクルクル…」


「もっと嫌!! なんでそんなにネーミングセンス無いの!? 私、女の子よ! それに、そんな名前付けられるために毎日一生懸命ふわふわに手入れした訳じゃっ…」


 ボロッと大粒の涙を零す少女に、さすがのレオも慌てて新聞紙を置いた。


「おいマル、泣くな。ふむ、見事な毛並みじゃないか。ほら、リボンも付けてやる。よく似合っているぞ。さすがは俺の使い魔だ」


 存分に褒められながらすりすりと喉元を撫でられ、少女はうっとりと目を細める。

 首に付けられた紺色のリボンがお菓子の包装にくっついていたものであったとしても、少女はそれだけで上機嫌になった。


 もうマルでいいや。ゴロゴロと喉を鳴らす少女に、通りすがりのトカゲが「呆気ない陥落だねぇ」と可笑しそうに笑った。



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