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聖帰還者のリファミリア  作者: 美音樹ノ宮
5/6

可愛さの権化

~聖帰還者のリファミリア~







「...ッ!!!

 ひるよる、わらった!!」



鈴の音がリンと鳴るように、風鈴がチリンと響くように。

突如として放たれた少女の声は何物にも(へだ)てられることなく、直接脳内へと流れ込んでくる。

それにより、心洗われる青年はその『音』が彼女の『声』であるということを認識するまで、少しばかりの時間を有してしまった。

甲高い流麗(りゅうれい)な音が、情緒(じょうちょ)深く心を反響していく様。

人類(じんるい)本能(ほんのう)に根強く備わった、趣あるものを少しばかりの(とき)()堪能(たんのう)しようとする、風情そのものが顔を覗かせている。

そんな代物(しろもの)が実のところ『人の肉声(にくせい)』であるという事実は、一体どれほどの心地の良さを含んだ一級品だというのだろうか―――――その優雅な響きに酔いしれてしまいたくなる。

と、甘美な余韻へ浸っていくヒルヨルは次いでハッとしたような表情を浮かべると、間もなく少女の目をじっとのぞき込むまでに至るのだった。

そして一も二もなく彼女への問いかけを再開し、これだけは見過ごすことが出来ないと渦巻いた疑問の解消をすべく、尽力する様子を見せていくのだった。

彼女の言葉にそう、(つむ)がれるはずのない単語が紛れ込んでいたから。



「いま...ヒルヨルって言った?」



この場に来てからというもの、一度たりとも発した覚えのない自身の本名。

それが初めて会ったはずの彼女の口から、至極当然のように放たれた。

自身の発言を振り返ってみても、少女と出会った記憶を掘り返してみても、何一つ思い当たる節がない。

おおよそで的中させることなど不可能な、一度聞いただけでもあっさり飲み込むことなどできそうにないこの変わった名前を、どうしてこの娘が知っているのか。

懐疑的な内情に、少女を見つめる視線へ少しだけ覇気を込めていったヒルヨル。

だが、それに気付いているはずの彼女は一切たじろぐ雰囲気など見せず、相も変わらない煌びやかな笑みを浮かべ続けていた。

どことなく危機感を覚える情景の中...踏み込んではいけない領域に脚を踏み入れたかのような心情を(ともな)う自身をよそに。



「...。」



こんな状況の中でも『恐怖』だけを感じることがないというのは、(ひとえ)に少女の人物像のおかげであろう。

これが見ず知らずのおじさんだったり、胡散臭い老婆だったらどれほど警戒していただろうか。

正真正銘ピタリと本名を当てられる―――――

なんてそんな経験がないからこそ、なにかとてつもないものでも見せられたかのような高揚感が湧く彼は、物怖じしていない本心に気付くと少女に疑い半分、興味半分といった面持ちを向けていった。

そして、なぜかこの(いぶか)し気で危うさ満点な状況へと目を輝かせ、楽しそうな内情まで浮かべていくのだった。

彼女の様子共々(ともども)周囲の景色を取り込んでは、呑気にこんな心情を思い浮かべて。



「(現実っぽくない風景って...案外怖いもんだね。)」



今までの生活からして、全くもってリアリティのない風景とは、普段生じさせないような思考すらも生み出してしまう。

幻想郷に包まれている現状においてはそう、目前の少女が人の心を読める魔女であるかのように錯覚させてくるのだ。

彼女の声音(こわね)外見(がいけん)も、先ほど起こった出来事も全てを巻き、拍車をかけてこの『夢』のような景色は『現実』として確立されていく。

すると、保持し続けなければならないはずの危機感も優に(うす)れていき、気付いた頃には彼女に対する関心しか抱けないような内情に陥っていた。

そんな心根に沿い、恐怖心捨て去ってしまった彼はいつの間にか現況へと染まって行き、無神経にも少女の頭へと手を伸ばしていく様を見せていくのだった。

そして(てのひら)にしっかりと柔らかな髪の感触を受け取りながら、アイコンタクトを図るかのような姿勢を整えていくのであった。

力の入れ具合だけで彼女の頭をそっと上げさせ、その目をしかと捉えられるように働きかけ。



「?...(ジーッ)」



そんな彼の行動に、されるがままの少女と視線が交差する。

不思議そうな面持ちを浮かべ、「そのまま撫で続けろ」とでも言わんばかりの力強さすら感じられる瞳で、芯に自身を捉えて。

ボーっとしているだけの純粋無垢な表情は何一つ変わらないのに、そこに漂う雰囲気だけをコロコロ変えるとは、なんと器用なものなのだろう。

関心するヒルヨルもそんな様子に更なる感情を引き出してみたいなんて思いから手を静止させ、彼女の動向を探るような面持ちを浮かべていく。

そして、しばらくもしないうちに物寂しそうな表情で愛撫をせがむ少女の可憐で苦しそうな様子に負け、笑みと共に力強く頭を撫でてやるまでに至るのだった。

その眼力へ強情(ごうじょう)な圧をも織り交ぜてこちらを見ていた彼女の、次いで浮かべられたくしゃッと(ほころ)ぶ微笑みに全てを持っていかれながら。



「か、かわいい...」



もうあれだ、完全に親バカのそれである。

この子の親になったつもりなど微塵もないが、そうは言っても『可愛いは正義』はここに健在で...今からでも遅くないのではなかろうか。

なんて感情に、目がマジになっていく心地も無視してヒルヨルは愛玩動物を困らせるほどの勢いを持ち、愛情を注ぐべく意識を保ち直す様子を見せていくのだった。

時に力強く、時に軽やかに、時に頬へ触れてみたり、時に髪を()かしてみたり...なんて彼女の気持ちも知らないで、こちらの自由を半ば押し付けるかのような形のなか―――――

だがしかし、そうやってされるがままの少女も撫でられていることが余程(よほど)満足なのか。

手の動きに合わせ首を左右に傾ける様子を見せ始めていき、すぐに吐血しそうなほどに悶えるヒルヨルの愛情を一身に受け止めてくれる様を展開してくれた。

それにより彼は、笑みを堪えるよう身体を小刻みに震わしながら、もう片方の手で口元を抑える何とも情けない姿を晒す羽目になってしまうのだった。

撫でられ上手...なんて果たしてそんな言葉が存在するのかは知らないが、もし実在するならこの瞬間のためにあるのだろう、と。

一度でも撫でてしまえば、彼女の頭から手が離れなくなってしまう―――――とかなんとか、ふざけた思考をも現実に(あらわ)しながら、次第に涙すら浮かべていって。



「え、待ってなにこれ。」


「んーんッ!!(スリスリ)」



先生やシスターたちが自身に向けてくれる感情とは、このようなものだったのだろうか。

あるはずのない母性。

分かるはずのない母親の面影。

それが自身に憑依したような、言葉にしようのない感情がふつふつと湧き上がっていく。



「か...可愛い過ぎる...。」



いつまでもそうしていたい欲求。

菓子パンを食べたり、シスターたちとおしゃべりをしたりなど比ではないくらいの幸福感が、胸の内から解き放たれていく。

と、数分間にまで及ぶ攻防...いや一方的な心の凌辱(りょうじょく)にあっていたヒルヨルはその後すぐに被害者ながらもツヤツヤとした表情を浮かべ、満足そうな微笑みを露わにした。

そしてようやく正気に戻ると伝染する少女の喜びに当てられながらも「こんなことしている場合じゃない」と軽く辺りを見渡し、今後の動きについて考察していく様子を見せていくのだった。

しかし―――――



「...グえッ!!!!?―――――...な、なんだッ!?」



妙な寂しさでも感じたのか、もしくは情けない心でも読み取ったのか。

無意識のうちに崖の方を見つめ(・・・・・・・)何かを思考していたらしい自身の(はら)へ目掛け、いきなり少女がタックルをかましてきた。

当然、その衝撃に身構えることなど出来ず尻もちをつくように後ろへと吹っ飛んだ彼は、そのまま空を見上げて倒れ込む様子をみせた。

突然のこと過ぎて理解が追い付いておらず、腑抜けてありきたりな感嘆詞を漏らしたことにも気付かないままで、何事かと目を丸くする。



「―――――...むふー!!(ジタバタ)」


「...。」



そんなヒルヨルの様子などお構いなしに、今度は胸に顔をこすり付ける少女の、より大きなぬくもりをより大きな面で受け取ろうと奮闘する姿が間近に映った。

温和で朗らかな内情が蔓延(はびこ)る胸の熱を奪うかのように、そしてついでに心の靄までも奪い去ってくれるかのように。



「あやば、死ぬ?―――――え、かわいッ、なにこれ。」



言葉にならない悲鳴...というか言葉になっているが表現のしようもない悲鳴が、意識の外でそっと零れる。

これほどまでに『下から向けられる愛情』を受けたことがないからか、ただ単に少女の様子が可愛い過ぎるからなのかは分からない。

が、もう天国にまで羽ばたけそうな勢いに(まばた)きも忘れて彼は、この瞬間をしっかり脳裏に刻み込むような心持を浮かべていった。

様々な光の当たり方で目前を覆いつくす金色(こんじく)からホログラムのような輝きを見せる彼女の長い髪の毛と、そこから漂うミルクや花の蜜の甘さ、太陽の暖かさに自然の爽やかさを含む心地のいい香りに包まれながら。



「...ぶッ、あっはは―――――」



すでに懐疑的な内情も無くなって、少女がなぜ自身の名前を知っているのかも、現況が危険であるという事実も含め、一連の流れが心底どうでもよく思えてきた。

そんな事実が何とも愉快に感じてしまい、どうして吹き出しているのかもわからないままとにかく明るい笑い声が周囲一帯へ放たれていく。

ずっと主導権を握っているようだった彼女もビックリするほどの声量を(ほこ)って、自分でも驚くほどの清々しさを取り戻して。

やはりここまでの流れで自身は、この事態を難しく(とら)え過ぎており、不必要な焦りを以て無意識のうちに緊張し続けていたのだろう。

いくら心地いいと言っても場所が場所なだけに、本当の意味で落ち着くことなど出来やしなかった。

それが少女一人の存在で、彼女の可愛いらしい仕草と向けてくれる愛嬌によって、本心がここを自身の居場所だとして認めている。

だからこんなに安心出来るのか、と湧き出るそんな心情が彼女にも伝わってしまったのか...いやこんなに笑っておいて伝わらない方がおかしいか―――――

すこぶる気持ちのいい笑顔で共感してくれる少女は次いで言葉を放ち、現況においてこちらが一番欲しかった対応を見せてくれるまでに至るのだった。



「ひるよる、げんきなの!」


「え、あぁうん...元気だよ!」


「ひるよる、げんきなの!!!」



漢字やクエスチョンマークなど、ある程度成長(せいちょう)を伴った者同士で繰り広げられる言語体系は一切用いられていない。

彼女の口調には、そんな表現をした方が分かりやすく説明できるであろう程の、(つたな)さが多分に含まれていた。

やはりこれぞ、年相応というものなのだろうか。

無理矢理にでも喋らせたくなるような可愛さが垣間見え、(よこしま)な思考までもが顔を覗かせてくる。

そして、再度聞くことができた彼女の美しい声音。

何度だって無条件に聞き惚れ、その安らかな心地へ心酔してしまいそうになっていく。

と、そんな心地にまた笑みがこぼれ、自然と声の質も明るく大きく変わっていった。



「ふぅッ...―――――」



...ようやくだ。

ようやく、一歩前進できる。

現況を好転させる...問題解決への糸口を手繰り寄せることが叶った。

後は意気込む様子も悟らせないまま、このチャンスにしがみ付くのみだ―――――

なんてヒルヨルは先ほどまでの情景を振り返り、彼女の喋ってくれるタイミングが自身にとってのポジティブな心情を呼び起こした時であるという事実を探り当て、瞬時に思考を働かせてみせた。

そして、ならばと努めて明るさを保ちつつ、何気ない様子で質問する様を展開していくのだった。

ここら一帯に人の住んでいる地域があるのかどうかという単純な問いかけを、極々(ごくごく)最難関の試練に挑むかのような心づもりの中で。



「...、り」


「「「――――――――――――――――――――。」」」



が、しかし...現実はあまりに非情で―――――



「ッ!?!?」



突如響いた、何かの響き。

そんな極々(ごくごく)単純(たんじゅん)なモノに、またまたまたまた...彼の計画は(はば)まれてしまうのだった。

もう本当に、一体なんだというのか。

刹那の間で飛び込んできたそれは、恐らく人の肉声(・・・)

それも、奇妙なことに直接脳内(・・・・)へと響いてきた(・・・・・・・)ような心地を伴う、気味の悪いものであった。

放たれた方角(ほうがく)距離感(きょりかん)高低差(こうていさ)も知れず、言葉の内容(ないよう)発言者(はつげんしゃ)性格(せいかく)においてまで全くもってあやふやなそれ。

だが、何故か切羽詰まっているような焦りまでが感じ取れ、その訳のわからない不快感から途中まで出ていた声も瞬時に詰まっていく。

と、目まぐるしい展開の中ですぐさまそこまでの情景を受け取ったヒルヨルは、とにかくそれの正体を突き止めようと無意識から口を開き、本来質問するはずだった内容とは全く違った問いかけを仕方なく彼女に行うまでに至るのだった。

それも眉をひそめた自身と同様、ぱちくりと驚いたような表情を見せる、少し様子のおかしい少女に対して。



「な、なにか、言った?」


「...。」


「君じゃ、ないよね。」


「...。」



言葉は通じているはずだ。 

通じているはずなのに、なぜだろう。

その奇妙な声音を耳にしてから、腕の中にいる彼女とアイコンタクトを交わすことができないでいる。

余裕がなさそうにキョロキョロと辺りを見渡す様。

これまでの少女らしからぬその行動に、冷静さや事態の先導的な様子とはかけ離れた雰囲気が漂う。

唯一の心の拠り所であるかのように感じていた...彼女の存在という信頼感も、ものの見事に薄れていって。

恐らくまた、自身はチャンスを逃してしまったようだった。



「あ、ちょっ―――――」



そして拍車をかけるように、事態はどんどんと悪化の一途を辿っていく。

あれこれ考えて反応の遅れてしまったヒルヨルの腕の中から少女が突如として跳びだし、この場から立ち去るように走っていったのだ。

背を向け一直線に進んでいくのは、ここへと落ちてきた崖から大樹を挟んで向こう側の森の中。

一体何を目指して駆け出したのか、自身の目には特徴となるようなものが一つも映っていない方向だ。



「もう、何なんだよ一体。」



しかし、そんな彼女の足取りは確かな意志の(もと)動いており、その雰囲気を感じ取ったヒルヨルは声をかけても戻ってくるどころか、振り返りもしないだろうとこの状況を冷静に分析してみせた。

そしてすぐさま全身へ力を入れ直すと勢いよくバッと立ち上がり、想定し得る中で最悪の事態を避けるべく行動に移していくのだった。

傍に落いていた菓子パンの入った紙袋を拾い上げ、子供の歩幅で駆けていく少女の背をしっかりと見据え、自身も追いかけるようにと駆け出し―――――

怠けた身体の節々に痛みを感じようが、それで焦燥感に包まれようが、結局十数歩で追いついてしまうからと冷静さを保ちつつ、焦る必要はないよと自身に言い聞かせて。

こうして二人の姿は、金色(こんじき)に輝いた瑞々しい新緑溢れる森の中へと、静かに消えていくのだった。


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