04.本物と偽物
ルイーザは引き金を引かれても目を閉じなかった。怪盗ライアーの銃弾は、ルイーザに当たらなかった。怪盗ライアーは舌打ちし、窓に銃を向けた。窓ガラスが破られる。そこを起点に怪盗ライアーは窓ガラスをぶち破って外に出た。
「そう来る!?」
ルイーザも追おうとしたが、警察に先を越された。まあいい。外にはシェナたちがいる。
にしても、結局目的がかぶってしまった。シェナも予想していただろうから、何も対策を練っていないことはないだろうと思うが。
「ルイーザ」
彼女を追ってきたのはノアだった。ウィレムとレオンは置いてきたらしい。
「……逃げられたのか」
「まあね……シェナ、捕まえてくれるかな?」
「レオンが様子を見ているみたいだって言ってたぞ」
ノアにそう言われ、ルイーザは彼を見上げる。彼女は長身であるが、ノアはさらに背が高かった。
「……いや、そんな顔されても俺には分からん」
「そりゃそうか」
ひとまず、怪盗ライアーは警察に任せて展示室に戻る。シェナに『ブラッディ・ルビーを守るのが仕事』と硬く言われていたからだ。怪盗ライアーを捕まえるのは仕事ではない。ブラッディ・ルビーが怪盗ライアーの手に渡ってしまった以上、手を引くべきだと思ったのだ。
それにしても、魔法石が奪われてしまったので、これは失敗と言うことになるのだろうか。そう思って尋ねると、展示室に戻ってきていたルークが「気にするな」と笑った。
「もともと、偽物だ」
そう言った声は、小さかった。わきまえているので、ルイーザもノアも声を上げずに、目を見開くにとどめる。レオンとウィレムは察していたらしく、それほど驚いてはいなかった。
ルイーザは残っているブラッディ・ルビーのネックレスを見た。うん、見てもわからない。
偽物って、どういうことだろう。レオンが『すごい』と言っていたので、偽物であるならよくできているということだ。
こっそり入れ替えられたのか、美術館側が認識して入れ替えたのかで、だいぶ対応が変わってくる。
「はい」
ルークに通信が入ったようだ。誰かと会話しているが、「は?」とか「何言ってんだお前」とかツッコミが入っているので、おそらく相手はシェナだ。
「シェナだ。理事長を捕まえたって」
だいぶはしょられている気がする。ルークはルイーザとノア、それに警部を連れてシェナとヘンゼルがいるらしい事務所に向かった。レオンとウィレムはお留守番である。
「よう」
「やあ」
ルークとシェナの挨拶は、いつもこんな感じである。まあ、シェナの意識があるときに限られるけど。
理事長と思われる男性は、シェナの足元にセーザしていた。意味が分からないが、だいたいいつもこんな感じである。館長とヘンゼルが困惑気味の表情を浮かべていた。
「で?」
「ブラッディ・ルビーをすり替えた犯人よ。ブラッディ・ルビーには多額の保険金が掛けられているからね」
しれっとシェナは言った。つまり、理事長が保険金目当てにブラッディ・ルビーをすり替えたということだ。おそらく、怪盗ライアーの予告があってからの犯行だろう。怪盗ライアーが盗むと言っているのなら、盗んでもらう。ただし、偽物を。保険金はもらうけどね、と言うようなつもりだったのだろう。世の中、そううまくはいかない。
現にシェナにはばれているわけだし、怪盗ライアーが持って行ったものは偽物だとわかって……。
「あれ、はい!」
ルイーザが手を上げると、シェナがどうぞ、とばかりに彼女に発言を促した。
「本物は、この部屋のどこかにあるということ?」
シェナが無言で鍵付きの木箱を差し出した。開くと、ブラッディ・ルビーを思われる宝石のみが入っていた。
「装飾品から外しやがったのか」
警部が顔をしかめて言った。シェナはテーブルにそれを置くと、「偽物だよ」と言った。は? と警部が怪訝な表情で聞きかえる。
「だから、こっちも偽物。これは理事長も感知していないらしいわね」
「何話ややこしくしてくれてんだ! おかしいのは頭の中身だけにしろ!」
警部のツッコミがなかなかひどい。しかし、それはシェナのせいではないのではないか? 確かに頭が良すぎて頭がおかしいタイプの人間ではあるけど。
「失礼な。と言うか、偽物なのは仕方ないでしょ。鑑定結果なんだから」
顔なじみであるからか、シェナの警部への言い分もなかなかだ。しかも、その後にシェナは何かに気付いたようで、本棚に寄りかかったまま考え込んでしまった。
「……つまり、他の誰かが置いて行ったか、怪盗ライアーがわざわざ偽物用意して置いて行ったということだろ」
ルークが落ち着いた様子で言った。警部も「そうだな」と言って理事長を連れて行こうとした。その腕を、シェナがつかむ。
「さっきから何なんだ、クライン」
「リャンです。待ってください。聞きたいことがあります」
そう言うと、シェナは理事長に尋ねた。
「そのブラッディ・ルビーを装飾品と分離したのはいつ?」
「ぶ、分離……」
館長が何とも言えない表情でシェナの言葉を繰り返した。確かに、分離って……。
「け、今朝だ」
理事長がどもり気味に答えた。シェナの目が細められる。
「何か分かるのか?」
「今朝の時点では、まだ本物だったということを確認しただけよ」
ルークにシェナはそう答えたが、それだけではない気がする。全員の視線が集中し、空気が読めないのではなく読まないシェナも折れた。
「昨日、私とヘンゼルが見に来たときは本物だったわ」
「……本物だったんですね……」
ヘンゼルが初めて知ったとばかりにつぶやいた。まあ、普通に考えたら本物なのではないだろうか。しかし、シェナは良く聞いてくれました、とばかりに肩をすくめて言った。
「正確には、本物と認識されている宝石、と言った方がいいのかしらね」
さあっと理事長と館長が青くなった。ちょっとわかりやす過ぎではないだろうか。
「本物はもう、どこか別のところへ売り払ったのではないかしら。装飾品のイメージが強いから、宝石だけ外せば気づかれにくいでしょうし。この偽物に使っていた装飾は本物なのでしょ」
つらつらとよく言葉が出てくるものだ。普段はもうちょっと明るくして、と思うほどテンション低めなのだが、こういう時はよくしゃべる。
「ちょ、待ってください」
手をあげたのはヘンゼルだ。シェナの視線が彼に向けられる。
「怪盗ライアーが奪っていったブラッディ・ルビーの偽物は理事長が用意したもの。今ここにある偽物は理事長が感知していないもの……じゃあ、これ、誰が置いて行ったんですか。なんのために置いて行ったんですか」
確かに!
事務所の中にいる人間の心中が一致したと思う。さすがヘンゼル、指摘が鋭い。
「……それって私が考えること?」
「つまりわからないんですね……」
やっぱりヘンゼル、ツッコミが鋭い。シェナは説明しだすとわかりやすいのだが、そこに至るまでの経過に解説が必要だった。
「……売り払ったのは、理事長ではない別の人」
シェナが突然口を開いた。警部が「はあ?」と眉をひそめている。
「だから、ばれないように代わりのものを用意する必要があった」
ひょい、とシェナはブラッディ・ルビー(偽物)を取り上げる。しげしげと眺め、それから言った。
「私はあまり詳しくはないのだけど、展示室にあったものより多少グレードが下がる偽物ね」
それってわからないって言ったも同然じゃない? と思ったが、シェナに見つめられた館長は蒼ざめてうつむいた。わかりやす過ぎる……。
謎解きの如く暴いてきたシェナであるが、何かのスイッチが入ったのか突然電話をかけだした。
「あ、私。シェナだけど」
どうやら本部に電話をかけたようだ。
「今すぐ調べてほしいんだけど。うん。今までに怪盗ライアーに盗まれた魔法石、全部わかるだけ解析かけて。うん、そう。よろしくね」
さらに通信機でウィレムに呼びかけた。これはルイーザたちも同じチャンネルを使っているので、会話が聞こえていた。
「ウィレム」
『はーい。何?』
ウィレムの軽い返事が聞こえてきた。しかし、シェナはそれくらいで流される女ではない。みんな、キャラが濃い……。
「一度解体した魔法道具の術式があるでしょ。それって、中核になる魔法石が残っていたら、再構成できるもの?」
『同じ人が作りなおすならできるかもしれないけど、基本的には無理だ。まあ、うまく解析ができているなら、似たようなものはできるよ。数段レベルは落ちるけど』
どこかで聞いたことのあるようなセリフだ。頭がいい人は考えることも同じなようだ。
「……で、お前、何をしたいんだ?」
この場でシェナの奇行にツッコミを入れられるのはルークぐらいだ。シェナは通信を切っていつも通りの低いテンションで言った。
「怪盗ライアーが何をしたいのか、見えてきたという話よ」
何をしたいのか、全く見えてこない。
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