03.頭のいい人は良くわからない
ルイーザは幼いころに両親を亡くし、様々な施設を転々とした。そして、つい二年ほど前までいた施設がひどかったのだ。未登録の児童養護施設で、ルイーザのような特殊な能力を持つ子供を集めて訓練しては『出荷』していたのだ。
当時十四歳であったルイーザも、そう言った組織に売られる直前だった。結果的に、助けてくれた魔法事象統制管理局も似たようなもんであるが、一応公的機関である。そして、扱いも悪くなかった。
そんなルイーザ・ヴァイス十六歳は、現在、マンションで上司にあたるシェナと同居していた。同居を命じた室長曰く、ルイーザには保護者が必要、シェナは一人ではさみしいやつ、と言うことで一石二鳥らしい。
二人はテレビを見ながら夕食を取っていた。基本的にご飯は早く帰ってきた方が作ることになっているが、たいてい二人は一緒なので、一緒に作ることが多い。
今日はハンバーグである。育ち盛りであるルイーザがいるとはいえ、女性二人の世帯とは思えないエンゲル係数をたたき出しているこの二人である。
小柄なシェナに対し、ルイーザはすらりと長身だ。ウェーブが勝った銀髪は肩に触れるほど。紫色の神秘的な瞳をした美人。そんなルイーザとシェナが大量のハンバーグを消費していく。もはやちょっとしたホラーだ、と言ったのは誰だっただろうか。
ニュースを読み上げるテレビに視線を移したのは、聞き覚えのある名前が聞こえてきたからだ。食べる手を止めて、ルイーザは口を開いた。
「シェナさ、怪盗ライアー氏について違和感でもあるの」
「違和感……というよりは、気味が悪い」
シェナもフォークを置き、テレビの方を見た。
「何故魔法石ばかり狙うんだろうね。簡単に売り払えるものでもないし、何かに使用する? それなら、ひとつ、ふたつもあれば十分だわ。それに、劇場型犯罪の割には正体不明だね。結構そう言う人は多いけど、そういうタイプは知能犯が多いのよね……」
「シェナと同じタイプ?」
「……まあ、私が犯行を行うとしたらそうなるでしょうね」
普通の人なら怒りそうなものだが、シェナは肩をすくめたそう答えた。
「作戦を立てようにも、情報と時間が少なくて宝石を守る対策しかできない……それが狙いなのかしら」
ルイーザは食事を再開した。シェナが長考モードに入ってしまったためだ。彼女には考え込むときの姿勢があって、右手で顎に触れ、右ひじを左手で押さえてややうつむく。
シェナにはままあることだ。頭のいい人は良くわからない。その性質上、魔法事象統制管理局には『天才』と呼ばれる人が多く集まるが、その『天才』たちは変わった人ばかりだ。その中でも、シェナはまだましな方。考え込むと口と行動が停まるが、まだ常識の範囲内に収まって……いないかもなぁ。
ニュースが切り替わり、以前起こった殺人事件の続報だ。犯人がまだ捕まっていない。ただの殺人事件であれば、管理局にまで依頼は来ないので、ルイーザもこの事件についてはニュースで語られている以上のことは知らない。もしかしたら、シェナは知っているかもしれないが。
魔法事象統制管理局は、国際魔法連盟の下部組織だ。この国の法上で動いているわけではないので、基本的に警察や軍と折り合いがよろしくないのである。構成員も、様々な国から集められている。というか、集まってきているだけだが……。
食べ終わったルイーザは食器を持って流しに行く。水をじゃーっと流しはじめたことで、シェナの思考が現実に戻ってきたようだ。冷めた食事に手を付けている。
「何か分かった?」
ルイーザが手を拭きながら尋ねると、シェナは「そうね」とあいまいに答える。わかっていても、きっと教えてくれないのだろうな、とルイーザはあきらめた。話されても、理解できない可能性がある。今回の参加メンバーで、彼女とまともに話をできるのはレオンくらいだろう。指揮官となっているルークにだって難しい。
翌朝、眠りの深いシェナをたたき起こし、二人は昼ごろ、美術館へ向かった。現地集合なのである。
「時間通りだな」
ルークが腕時計を確認して言った。ルイーザとシェナは通信機を耳につけ、他のメンバーについて美術館の中に入る。関係者口から入り、美術館の裏側に突入である。ルイーザは物珍しげにそれを眺めていた。
「今回、協力させていただきます、魔法事象統制管理局魔法事故・事件対策室室長補佐のルーク・リヒターです。どうぞよろしく」
代表してルークが愛想よく言った。順番にメンバーを紹介される。まあ、役割はシェナが決めたものだが。
「ノア、ウィレム、ルイーザの三人が警備を担当します。こちらのレオンは、警備システムを担当します」
「……小さくないですか」
その言い方に、レオンが覚めた目を美術館側の担当者に向けた。ウィレムが「やめろ」とばかりにレオンの背中を小突く。ちなみに、レオンが使用する機械類はほとんどウィレムとノアが持っている。
「小さいですが、優秀ですよ。大学学士の資格も持っていますが、見ますか?」
ルークがなんでもないことのように言う。そう言うと、たいていの人が引く。今回もそうだった。なので、残り二人も紹介された。
「最後に、作戦参謀シェナとその補佐ヘンゼルです」
ヘンゼルはぺこりと頭を下げたが、シェナは窓の外を眺めていた。天才コンビ、自由すぎるぞ。
「……シェナ」
レオンはともかく、シェナは大人だろうとルークの口調が言っている。シェナの目がこちらを向き、軽く会釈したが考えていることは別のような気がした。
そのまま警察とも顔合わせだ。ルイーザたちはともかく、ルークやシェナは顔なじみらしい。と言っても、仲がいいわけではない。
「邪魔するなよ、リヒター」
警部が苦々しげに言った。ルークは微笑んで「できるだけご協力しますよ」と答えた。会話になっていない。
シェナはレオンと何やら話しているし、それをウィレムも聞いている。シェナとレオンを天才度数十としたら、ウィレムは六くらいなので比較的話についていけるのだろう。
ルイーザのところにはノアがやってきた。
選んでいるのか、と思うほど面白い人物が集められている魔法事象と聖管理局であるが、この普通の青年に見えるノア・アルシェも『面白い』体質を持っている。とても『引きがいい』のだ。
運がないわけではない。幸運も不運も同じくらい呼び込んでしまう。茶髪に緑の瞳のなかなかのハンサムさんなのだが、この体質のせいか、微妙に後ろ向きである。ちなみに大学三年生だ。基本的に『運』などと言うものを信じていないシェナですら、「ノアがいるなら来るね」と言うくらいに引きが良い。
レオンが黙々と警備システムのチェックを行っている。ルイーザとノアはブラッディ・ルビーを覗き込み、その輝きを眺めた。ルイーザには普通の宝石に見えた。しかし、レオンには違うらしい。
「複雑な魔法式が組み込まれてる。すごい」
解析を担当する彼は、こういうものが好きなのだ。解説してくれても、ルイーザにはよくわからないけど。
「レオン、私とヘンゼルは外に行くから、こっちよろしく」
「はーい。いってらっしゃい」
シェナがヘンゼルを連れて出ていく。作戦書にも書いてあったので、声をかけられたレオンを含め、ルイーザたちも見送った。考えても意味が分からないので、あまり気にしないことにしているのだ。
ルークが時間を確認している。怪盗ライアーの予告時間まで、後三十分ほど。警察とは相変わらずピリピリしているが、職分を犯さない、と言うことで一応話がついている。
「思うんだけどさ」
「なんだ」
ルイーザが話しかけると、ノアが反応した。たぶん、ウィレムとレオンも聞いていると思うけど。
「私の魔法って、室内で使いにくくない?」
彼女がそう言った瞬間、室内の明かりが落ちた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ちょっと……登場人物が多い……ので、覚えなくても大丈夫です。
よく出てくるのはルイーザ、シェナ、ウィレムあたりでしょうか。