02.誰にでもできるわけではない
いきなり別視点!
ヘンゼル・ホフマンは国立美術館にいた。つい一時間前に聞いた怪盗ライアーがブラッディ・ルビーを狙っている件で訪れたのだ。彼の直属の上司は行動が迅速である。
ヘンゼルは国際魔法協会の下部組織である魔法事象統制管理局に勤める二十六歳の魔術師だ。実働部隊にあたる魔法事故・事件対策室所属の金髪碧眼の残念な青年で、日々秘書の真似事をしている……と言うのが、周囲に対する彼の評価だ。別に彼のせいではない。行動が迅速な上司のせいだ。
上司にあたるシェナ・リャン=クラインは室長補佐と作戦参謀を任されている二十八歳の小柄な女性だ。黒髪黒目の志奈系人で、外見から彼女が重要人物であるとは判断できない。
その彼女は、興味深そうに強化ガラスの向こうの赤い宝石を見ていた。装飾品に加工されているこれが、ブラッディ・ルビーである。
「……大きいですね」
「そうね。この大きさのものをそろえるのは、さぞ苦労しただろうね」
シェナは低いテンションで答えた。テンションの低さの割にはじっくりと宝石を眺めている。
ブローチが一つ、髪飾りが一つ、指輪が一つ、腕輪が一つ、ネックレスが一つ。五つのブラッディ・ルビーはそれぞれの装飾品に一つずつ使われている。このそろい方だと、イヤリングがないのが不自然だ。そう言うと、
「昔はあったのかもしれないわね」
と、彼女は肩をすくめた。行動が迅速である彼女は、彼女のさらに上司にあたるルークにブラッディ・ルビーの謂れを調べるように頼み、機械系が得意な最年少レオンにはブラッディ・ルビーを含むこれまで被害に遭った宝石類を細かく調査するように言いつけていた。学生組は勉強があるので、遠慮したのだろう。何も頼まれていなかったが、今回の班に組み込まれなかった対策室のメンバーにも仕事を頼んでいた。こういう割り振りが得意な女性なのだ。
そして、ヘンゼルはシェナのお供……この役割が一番大変だろう、といつも憐みの目で見られる。思われているほど、大変でもないのだが。
盗難予告があろうが、普通に美術館は開館中なので、来館者はいる。しかも土曜日なので、かなり人が多い。ヘンゼルたちもいつまでもとどまっていることができずに人波に押されて展示室を出た。
「……何か分かりました?」
「いや、何も」
ヘンゼルは沈黙を返す。シェナのお供はいいのだが、彼女はこういうところがあるのだ。
「私にはあれが本物かどうかなんて判じることはできないし、ただ、警備システムはしっかりしたものだったわね」
しかも追加でレオンが警備システムを構築しているはずだ。電子魔法を得意とする彼だ。きっと早々破れないシステムを作ってくれるだろう。
シェナが廊下のど真ん中で顎に指を当てて考え込んでしまったので、ヘンゼルは彼女の背中を押して安全な場所まで移動させる。
すると、彼女はこの美術館の職員が眼に入ったようだ。その中年女性に話しかける。ヘンゼルはそんなシェナの後を追う。
「すみません。少しお聞きしてよろしいですか」
「え? ええ、いいですよ」
その女性職員はシェナを見て、それからヘンゼルを見て微笑んだ。シェナはあれこれと女性職員に質問をする。美術館が開館された年から、元貴族の屋敷だというこの建物が建築された年、人のこと。さらには、これが本命だと思うのだが、美術館で最近公開されるようになった美術品のこと。
これらは、ネット情報として確認することもできるだろう。しかし、彼女はあえて会話を選んで尋ねた。その方が、多くの情報を集めることができる。
「勉強熱心な学生さんね。あなたのような向上心のある人に、学芸員として働いてほしいものだわ……」
学生と間違われたシェナだが、彼女はそこには引っかからなかったようだ。それも当然で、彼女が学生に間違われることは多い。東洋系美人であるため、確かに比較的童顔ではある。だが、学生に間違われるほどではないと思うのだ。それは、ヘンゼルがシェナを見なれているから思うだけかもしれないけど。ヘンゼルは彼女の付添い……ありたいていに言えば恋人だとでも思われたのだろう。これもいつものこと。
「何に気が付いたんです?」
ヘンゼルがこっそりと尋ねると、シェナはヘンゼルを驚いた表情で見上げた。今まで存在を忘れていたな。
「……あとで話すわ。聞いたことをまとめたいし、戻りましょうか」
そう言いながら、シェナは美術館を一周してから本部に戻った。相変わらず、行動が謎だ……。
「あ、シェナちゃんおかえり。宝石の解析結果、出てるよ」
「ありがと、レオン」
シェナが薄い電子端末を受け取る。そこに解析結果が載っているのだ。
十四歳のレオン・シュナイダーを一言で表すなら、小生意気な子供だ。天才少年であるのだが、クールで毒舌なのだ。ダークブロンドの髪に明るい青の瞳をしたかわいらしい系の外見なのだが、外見を内面が裏切っている。
シェナが考え込んでしまったので、レオンがヘンゼルに声をかけてきた。
「美術館どうだった?」
「あ、うん。元貴族の屋敷を改装したって言っていたよ。僕も何度か行っているけど、初めて知ったな」
「ふうん。俺はそういうの、よくわかんないからな」
機械に強い彼だが、美術関係のことはよくわからないらしい。今回は、狙われている宝石が魔法石であるので解析はできたが。
気づくと、シェナは自分の電子端末に何か入力しはじめていた。もうこの人、何考えてるかわからない。
「おーい。歴史を総ざらいしてきたぞ」
シェナと同じく室長補佐のルーク・リヒターが、彼は紙面の書類を持って入ってきた。長身だが、比較的細身なので言うほど威圧感はない。シェナと同じ立場だが、彼女より少し上に位置する補佐官だ。
「ありがと。ちなみに、警察との連携は取れそう?」
「いや、難しいだろうな。打診はしているが……」
「現時点で取れないのであれば、戦力に計上するつもりはないわ。お互い、目的がかぶらないようにするしかないわね」
話ながらルークが持ってきた書面に目を通し、紅茶を一口すすった。良くわからない人ではあるが、頭の良さは本物だ。
しばらくして各員の端末に作戦計画が送られてきた。当たり前だがシェナが作ったものだ。
「……お前が作戦を立てると、戦いに行くみたいだよな」
ルークが言った。彼女にこんな口を叩けるのは、彼を含めて数人だ。
「仕方ないでしょう。もともと戦術参謀なんだから」
ルークにこんな口をたたくのも彼女くらいだ。
「警察の動きにもよるけど、私たちの目的は怪盗ライアーを捕まえることではなく、ブラッディ・ルビーを守ること。怪盗とやらは警察に任せておけばいいわ」
なるほど。確かに、泥棒を捕まえるのは警察の役目で、ヘンゼルたちの役目ではない。そこを混同してしまうと、目的が達成できないというのがシェナの主張だった。
「もう少し時間があれば作戦を練るんだけど、明日のことだからね。とにかく私たちはブラッディ・ルビーを守るということで、役割も分けた」
それがこの端末に入っている作戦計画だ。タイムスケジュールで役割ごとに行動計画が立てられている。もちろん、状況によって作戦は変化していくが、ひとまずこの作戦要旨を頭に叩き込む必要がある。だが、一応一言言ってくれようか。
「シェナさん。世の中の人全員が、あなたみたいな記憶力を持っているわけではないんですよ」
「いや……それ、何回も聞いてるわよ」
だからと言って、天才が一般人に理解できる文章を書けるかと言われると別問題のようだった。だがまあ、レオンよりはマシか……彼の言葉は専門的過ぎて、たまにわからないから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本日最後の投稿でした。