20.共通の思い出は美しい
まるっと過去話。
え、なんでケイン・ヴァルトシュタインに誘拐されてるの。ルイーザの最初の疑問はそれだった。ルイーザを誘拐して何になるのか。ついでにウィレムも一緒だし。と言うか、こういうのは引きの強いノアの役目だと思うのだが。
「取り乱す、かぁ。ちょっと見てみたいけど」
ウィレムが不謹慎に言った。と言うか、彼、余裕がありすぎる。ケインもそう思ったらしく。
「余裕だな。ウィレム、だったか。もう一日ここにいると思ったんだが」
気が狂いそうになってもおかしくないと思うのだが、彼は精神的にも強かった。
「まあ、逃げ出せないけど、俺がずっと捕まってたら、それこそシェナさんより怖い人が来てくれるからな」
「なるほど。早めに用事を終えてしまおうか」
ケインは落ち着き払ってそう言った。ルイーザは状況把握で手いっぱいだ。一応、尋ねてみる。
「あの、どうして僕たちは連れてこられたんでしょう。シェナを呼び出すため?」
「……君は彼女の養い子だったな」
ケインは一人でそう言ってうなずいた。
「それもある。しかし、別の目的もある」
「別の?」
結構よくしゃべってくれるな、と思ったのだが、さすがにそれ以上は語ってくれなかった。代わりに、ケインはこんなことを言った。
「君たちは、私とシェナがどういう関係だったか知っているか」
「上官と部下」
「……まあ間違ってはいないな」
異口同音に答えたルイーザとウィレムに、ケインは顔をしかめて言った。もしかして、過去に彼女に何があったのか、話してくれるのだろうか。シェナ本人は絶対に話してくれない。
当事者たちが話してくれないとわからない、その過去。シェナは、ルイーザたちがその話を聞いたと知ったら怒るだろうか。それでも、聞いてみたい。
何が、彼女をそんなにさいなませているのだろうか。
△
シェナ・リャン=クラインとケイン・ヴァルトシュタインの出会いは、十年前にさかのぼる。二人は、陸軍士官大学で出会った。当時、シェナは十八歳、ケインは二十歳である。
十五歳で士官学校に入学したシェナは、すでに軍務につくはずの年齢だった。実際、本人もそのつもりだったのだと思う。
しかし、その才能を惜しんだ士官学校の校長が、彼女を大学へ編入させたのだ。士官学校の出だと、まあ、普通入隊の軍人や兵役軍人などよりは待遇が良いが、将校に上がるまでに時間がかかる。そう、シェナの才能は一兵卒ではなく将校向きだったのだ。
十八歳で編入してきた少女を、みんなは遠巻きに見ていた。彼女が軍人にしては小柄で華奢で、童顔だったのも理由の一つだろう。三十歳に片足を突っ込みかけている今でさえ二十代前半にしか見えないのだ。十八歳の頃など、せいぜい多く見積もって十代半ばほどにしか見えなかった。
しかも無表情で愛想はなく、あまりしゃべらない上に成績はいい。声がかけづらいのも仕方がないだろう。
しかし、そこに果敢に挑んだのがケインだった。
「こんにちは。君、シェナ・リャン=クラインさんだよね」
年下の女のこと言うことで、一応ケインも気を付けて声をかけたのだ。彼も、愛想の良い方ではない。
「ええ、そうだけど。あなたは?」
「ケイン・ヴァルトシュタイン。一応、シェナさんの同級生だ」
「そう。よろしく」
そっけないながらもちゃんと返答があるので、ケインはやはり果敢に話しかけた。
「先週の特殊機動隊運営理論の発表、素晴らしかった。参考になった。君の才能には驚かされる」
「……私もあなたの重火器における魔法代替についての論文、読んだけれど、興味深かった」
何のことはない。天才同士、話があったのである。
その後、よく話をするようになった二人だが、友人だったのかはわからない。だが、二人が二人とも、優秀すぎるがゆえに教官たちの手に余っていたのは確かだった。
士官大学をそれぞれ首席、次席で卒業したケインとシェナは、それぞれ別の部隊に配属されたが、二人とも一つの部隊で長続きすることはなかった。
厄介者払いされるように、二人は部隊を転々とした。そして、行きついたのが八八独立機動大隊第一魔法中隊だった。ちなみに、ここに行きつくまでにシェナは暗殺部隊などにも配属されていたらしく、彼女の妙な戦闘力の高さは、その辺で培われたものらしい。
さて。第一魔法中隊は、ケインやシェナのような、厄介者扱いされて行き場の無くなった者たちの集まりだった。階級から、ケインが隊長、参謀本部所属だったシェナは、副官兼参謀としての配属になった。
厄介者扱いされてきた第一魔法中隊は、この二人を当初は受け入れなかった。
ケインが来る前、中隊をまとめていたのはエイベル・レーヴィットと言う青年だった。年はシェナと同じで、たたき上げの魔法騎士だった。
元の隊員たちと新入りの上官二人のすれ違いは続く。隊長と参謀の指示に従わず、無駄に仕事のできる参謀は隊員たちの不始末のしりぬぐいに奔走することになり、ひと月が過ぎたころ、キレた。
「いい加減にしてもらえないかしら。私、あなたたちの後始末をしに来たわけではないの。あなたたちが私たちを認めないのは勝手だわ。けれど、こちらの仕事を増やす真似はよしてくれない? 後がないのは私たちも同じなのよ!!」
彼らは厄介者扱いされてここに行きついたかもしれないが、それはシェナやケインも同じなのだ。そして。
△
「私が戻ってきたら、シェナが百人切りを演じていた」
「……」
「うちのばあさんもびっくり」
△
その時点で、シェナはそれくらいの実力はあったのだ。最後に、反魔術能力を持つエイベルを素手でぶっ飛ばしたそうだ。
「ははは! やるなあ、あんた」
そう言って、エイベルは何故か笑った。シェナに殴られて地面に転がったまま、愉快そうに言ったのだ。駆けつけたケインは驚いて二人を見比べたものだ。
「後がない、後がないか。はっきり言ってくれるな」
「口が悪くて申し訳ないわね」
「あんた、その調子で部隊を渡り歩くことになったんだろう」
「……」
図星だろう。シェナはそういう娘だ。ケインもそう言うところがあるが、きっぱりと本当のことを言ってしまうので、疎まれるのだ。
しかし、エイベルは身を起こして言った。
「いや、逆にすがすがしいよ。これまで何人かの上官が来たけど、あんたらだけだよ。俺たちを人間扱いしてくれるのは」
劣等者として扱われるのはまだいい方。単なる兵器、弾除けくらいにしか思っていない上官だっていた。けれど、ケインもシェナも、エイベルたちを自分たちと同じ人間として扱っている。頭ごなしに命じるのではなく、とりあえず譲歩と説得を試みた。
上層部としては、厄介者をまとめておいただけかもしれない。それを証明するかのように、彼らはこの平和な時代にもかかわらず、過酷な現場に何度も行かされた。
しかし、交流を持つようになってから、ケインたちとエイベルたちは団結力が強くなっていた。信頼関係が築かれると、彼らは本当に強かった。
戦術を練るシェナ、それを実行できる能力のあるエイベルたち隊員、そして、彼らをまとめ上げるケイン。奇しくも、厄介払いされた彼らはそれぞれがそれぞれを補う能力を持っていた。
いつの現場だっただろうか。第一中隊の男性隊員に、シェナはギターを習っていた。彼女の魔術は音に起因する。そのための補助としてギターを弾ける隊員に教えてもらっていたのだ。
いわゆる弾き語りをする彼女の歌声は、中隊の隊員たちに人気だった。友人がいない、と言ったシェナにも仲良くする女性隊員ができたし、ケインも付き合いが良くなった、と言われた。
一つの隊、と言うよりも家族のような、そんな関係だった。少なくとも、シェナやケインにとっては、初めて手に入れた居場所だった。
そんな彼らにも、別れの時は訪れる。
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