01.そのはじまり
新連載です。
よろしくお願いします。
「え、何!?」
ルイーザは驚いて声をあげた。周りが煙で白くなり、視界を遮られたからだ。
一瞬あわてたが、そう言えば作戦要旨にそんなようなことが書かれていた気がするので、作戦参謀シェナからしたら想定の範囲内のはずだ。
「ルイーザ、いるか!?」
「いるよ~」
暢気な返事に、煙の向こうで同僚が肩を落とすのがわかった。ばっと風が吹き、室内から煙が追いだされる。
「おい、ブラッディ・ルビーは?」
身の丈ほどの木の杖を持ったウィレムが咳き込むルイーザに駆け寄ってくる。護衛対象であった宝玉を確認したのは、最年少のレオンだった。
「やられた。奪われている」
五つあったはずの大きな赤い宝石が、全てなくなっていた。警備システムをどうやって突破したのか疑問は残るが、見事な早業である。
「堂々と出口から出て行ったみたいだ」
そう言ったのはレオンだ。おそらく、計器でずっと観測していたのだろう。ルイーザより年下だが、しっかりした少年だ。
「僕が行く!」
そう言ってルイーザは展示室を駆けだした。しかし、それほど経っていないはずなのに外で動いているのは警察だけだ。ルイーザはその中の一人に声をかけた。
「ちょっといいですか」
話しかけられた警察官は驚いた表情をした。反射的にルイーザはこいつだ、と判断する。シェナが変装して出入りしているのかもしれない、と言っていたのを思い出したのだ。
「勘がいいね」
変装した怪盗ライアーがルイーザに銃口を向けていた。あわてて飛び退るが、引き金を引かれた。
△
静かだが、雑多な空間だ。この部屋の空気が、ルイーザは好きだった。
ルイーザと同じように勉学にいそしむ者、パソコンと格闘する者、書類をめくる者……みんなが思い思いに過ごしている。まあ、大半の人はただ仕事をしているだけだが。
まだ学生と言われる身分にあるルイーザたちは、いくつかの島に別れた仕事机ではなく、打ち合わせなどに使う広いテーブルに参考書を広げていた。ルイーザは参考書を見て眼を細める。それから、一つ席を空けて隣に座っている青年をシャーペンでつついた。
「ねえ、ノア」
「何」
静かなので、自然と小声になる。ルイーザは参考書の問題を指さし、ノアに尋ねた。
「これ、どうやるの?」
「……俺、物理はあんまり……」
「あ、そうなんだ」
なら向かい側のウィレムに聞こう、と声をかけ直そうとしたがその前に部屋の扉が開き、そちらに視線が集まった。背の高い男性が入ってくる。
「起きろ、シェナ。仕事だ。あと、ヘンゼルとレオンも」
猛烈なスピードで書類をめくっていた男性ヘンゼルと、奥の方でコンピューターを触っていた少年レオンはすぐにたちあがったが、行きしなに男性に書類で頭をたたかれた女性だけはゆっくりとした動作でルイーザたちのいるテーブルに向かってきた。これは寝ていたな。
「お前たち、怪盗ライアーを知っているか?」
さきほど部屋に入ってきた男性、ルークが先ほど呼び集めた六人に向かって尋ねた。ルイーザたちは首をかしげる。
「ニュースで見たことはあるけど」
「古い宝石ばかりを狙う盗人だろ。神出鬼没で、警察の調べではこの一か月で五件の盗難を成功させてる」
そう言ったのはウィレムだった。普段不真面目な発言も多いが、根がまじめなのでさすがによく時事をわかっている。
「いや、資料を読む限り怪盗ライアーなる人物の事件は三つね。最新のものと三つ前……三件目のものは模倣犯ね。しかもかなり杜撰だわ」
先ほどたたき起こされたばかりのシェナは、手渡された資料にもう目を通したらしい。
「で、その怪盗ライアーがどうしたの」
シェナが話を進めるように促す。まあ、ここまでくれば何となくわかるので、彼女の言葉はただのふりだ。
「犯行予告が届いた。狙われるのは国立美術館所蔵のブラッディ・ルビー。これまで通常警備では捕まえられなかったので、私たちに依頼が来た。ノア、ウィレム、ルイーザが実働、レオンはシステム管理。シェナは作戦参謀、ヘンゼルはその補佐。指揮官は私」
いいな、と言われてはうなずくしかない。参謀補佐を賜ったヘンゼルが手をあげた。
「その犯行はいつなんですか?」
「明日の午後四時だ」
「日曜日の夕方か。ひと目の多い時間ね。劇場型犯罪者ならその時間帯を選ぶのはわからなくはないけど」
口をはさんだのはシェナだ。彼女の話は、ルイーザにはたまに理解できない。
「シェナ、警備計画、立てられそうか?」
「できなくはないけど、私こういうのあんまり得意じゃないんだよね。マックスの方が得意だよ」
「それでもいないんだから仕方ないだろ。拘留中なんだから。もうすぐ裁判だ」
「すぐ無罪放免で出てきそうだけどね」
最後のセリフは最年少のレオンである。ルイーザより二歳年下の十四歳であるが、かなり頭の良い天才少年である。
「というか、僕はどうして依頼が来たのかが気になるね。美術館所蔵なら、ブラッディ・ルビーは美術品扱いのはずだろ。僕らが関与するところではない気がする」
「……確かブラッディ・ルビーって、古い魔法陣の組み込まれた魔法石じゃなかったか?」
ウィレムも首をかしげた。この二人、結構鋭い。
シェナがテーブルを囲む全員に見せるようにこれまでの怪盗ライアーの事件で盗まれた宝石の写真を広げる。怪盗ライアーは宝石コレクターなのである。
「この盗まれた宝石は、全て魔法陣の組み込まれた魔法石よ。これまでの中では、ブラッディ・ルビーが一番古く、一番強い魔法陣が組み込まれているわね」
「……そうなの?」
「そうなの。所蔵がどこか、どういう扱いかなんて関係ないのだわ。狙っているのは魔法陣を含む魔法石なのだから」
きっぱりと言い切ったシェナに、ルークとヘンゼル、レオンがうなずいた。
「つまり、お前が怪盗ライアーの犯行じゃない、と判じた事件は、狙われたのは魔法石じゃなかったということか」
ルークの問いに、シェナは「そうね」とうなずいた。
「おおむねお前たちの言うとおりだ。うちに依頼が来たのは、守る対象が古い魔法石で、その価値が計り知れないこと、怪盗ライアーが何らかの魔法を利用して盗みを働いていると思われることが理由にあげられる。まあ、単純に警察の魔術師部隊だけでは捕まえられないんだ」
「ダサっ」
思わず口をついて出た言葉に、ルイーザは舌をペロッと出してごまかす。本人たちに直接言ったわけではないので、流されたけど。
「依頼理由としては弱いね。魔法に対抗できるのは、魔法だけではない。彼らに必要なのは力ではなく情報よ。実際に戦力を派遣するのではなく、諜報員や参謀を借りれば済む話だわ」
「お前とかな」
考え込む様子だったシェナはテーブルの上に伸びる。
「何で捕まっちゃったのマックス……」
「まだ捕まってないですよ」
ヘンゼルからツッコミが入る。確かに、裁判にはなっているけどまだ捕まってはいない。たぶん。おそらく……。
いない人を惜しんでも仕方がない。作戦参謀と言われる立場の人間は少ないのだ。シェナがやるしかないだろう。
「当日の警察の警備体制を知りたい。あと、美術館の見取り図とこれまで狙われた魔法石に刻まれていた魔法陣の情報が欲しい。できれば、ブラッディ・ルビーを直に確認したいわね」
「過去の事件映像、防犯カメラので良かったら見る?」
「見る」
シェナとレオンは十四歳もの年の差があるが、何故だか仲が良い。天才同士、何か通ずるものがあるのだろうか。
「なー、もう俺達いい?」
ウィレムが手をあげて主張した。確かに、実働部隊であるルイーザたちは、事前にすることがない。明日に備えればいいだけだ。
「そうだな。勉強してていいぞ。……というか、お前たち、ここは学習室じゃないからな」
勉強中だった学生三人に向けてのルークの言葉である。確かに、今日は土曜日でルイーザたちは常勤ではない。なので、ここにいる理由は本来ないのだ。しかし、それでもここで勉強しているのは。
「わからなかったら聞けるし」
各種の専門家が集まっているので、だいたいの勉学についてはその辺の人に聞けば分かるのだ。ちょっとおそろしい職場である。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
相変わらずの緩さ……そして、キャラが多いので一覧表を作ろうと思います。