12.そういうのは私の仕事ではない
会議が終わり、室長たちが戻ってきた。同行した室長補佐のシェナが珍しく荒れている。
「信じられない。なんで私? 軍が主導するのなら、そっちで考えればいいじゃないですか!」
「まあまあ落ち着きたまえよ、シェナ。君の能力を買ってくれているということだよ」
「そんなところで評価されてもうれしくありません。何より、納得がいかない!」
珍しいほどの彼女の剣幕に、ルイーザは一緒に会議に出ていたルークの肩をつついて尋ねた。
「何があったの? 確か、うちで拘留している殺人犯を移送するための会議じゃなかった?」
ルイーザも参加することになるので、それくらいは聞いているが、逆に言うとそれだけしか知らない。仔細は本日の会議で決まる、と聞いていた。ついでに軍との合同作戦になるとも。
ルークは室長に直談判しているシェナを見ながら言った。
「移送計画をシェナが作ることになったんだ。軍からの依頼だ」
「へえ。すごいじゃん」
ルイーザは単純に感心したが、話はそう簡単ではないらしい。
「ていうか、シェナちゃんって元軍人じゃなかった?」
天才少年レオン・シュナイダーが端末を持って近づいてきた。姉のように慕っているシェナが気になるようだ。それにしても、今日も彼は可愛い。ダークブロンドに明るい青の瞳。まだ少し高めの声もあって、少女のようにも見える。事務のお姉様方にも可愛いと言われているが、本人的には不服らしい。まあ、中身はクールな男前だし。
「そういや、元軍人だってのは聞いてるけど、何でやめたんだ?」
「……ウィレム、お前、よく核心ついてくるよな……」
ルークが苦笑しながら言った。と言うことは、その辺にシェナが怒る理由がありそうだ。辞職したわけではない、と言うことだろうか。
結局、シェナが折れたようで、これはなかなか家に帰ってこないだろうなぁとルイーザは覚悟した。
「三日後に軍の実行員たちと顔合わせするから、それまでによろしく」
こんな時にも爽やかに言い切った室長に、シェナはさすがに顔をひきつらせた。それまでに作戦の大枠を決める必要があるわけで、彼女にとって負担だろう。そこでルイーザはふと思う。
「ってか、フローリアンは?」
「首相に連れられて国外出張中」
「マックスは?」
「まだ裁判中」
と言うことは、やっぱりシェナしか参謀がいないのだ……。そのシェナがヘンゼルとレオンを呼んだ。後方支援担当の二人だ。どうやら必要な人数を集めておとなしく作戦立案にかかるらしかった。
作戦を立てるに当たり、味方の戦力を把握するのは大切なことである。それが、移送計画であったとしても!
そこで、能力を測るためにシェナが始めたのは、何故か単独ライブだった。しかも、測るのは自分の能力である。突然、本部の中心にあたる吹き抜けの休憩所でライブが始まったのはびっくりした。
しかも、これがうまいのである。少し低めの歌声が悲恋歌をつむいでいる。クラシックギターも同時に奏でられ、まるでシンガーソングライターである。作詞作曲はレオンらしいけど。こちらも意外な才能である。
さて、突然歌いだしたシェナであるが、別に伊達や酔狂で歌っているわけではない。彼女の広域干渉調律魔法は『音』によって発現するのである。その最も効率の良い方法が歌や音楽なのだそうだ。つまり、この悲恋歌も魔術的な要素を組み合わせて作り上げられているわけだ。
彼女の家系は、音律魔法の使い手の流れをくむらしい。志奈系である父親からの遺伝らしいが、彼女ほどその干渉力が強い使い手は久々らしい。
本来なら、音なら何でもいいらしい。なので、シェナは実は詠唱魔法も強力なものを放つ。しかし、それは魔法の発動までにタイムラグが生じるということなので、今の時代ではあまり役に立たないということだ。
眼を閉じて、歌に耳を傾ける。のびやかな歌声が響くごとに、周辺の魔力地が『調律』され、シェナの支配下に置かれていくのがわかる。
「……シェナ、軍人じゃなくて歌手になればよかったんじゃない?」
「今度言ってやれよ。喜ぶぞ」
ルイーザと一緒にシェナの歌に耳を傾けていたルークが言った。喜ぶだろうか。
これを皮切りに、シェナは駅前や広場などで一人ライブをするようになった。一曲か二曲だけ歌い、すぐに去っていく歌の上手い小柄な女性。ルイーザの高校でも話に上るくらいで、一度、スカウトマンに遭遇したこともあるらしい。ルイーザはついて行っていないから、聞いた話だけど。
ルイーザたちには、移送経路の確認がてらその場所の魔法調律を行っているだけだとわかるのだが、知らない人が見れば精力的に活動する歌手志望にも見える。本当に歌手になってしまえばいいのではないだろうか。シェナならできる気がする。しかし、そうなると魔法界的には損失になるのだろうか。
そう思い、ルイーザははっとした。彼女も難儀な人だ。才能があるばかりに、手放されない。ルイーザは魔法事象統制管理局を通して国際魔法連盟に保護してもらっている、という事情があるが、シェナはそうではない。ただ才能があるばかりに、やれ、と言われるのだ。
ルークに言われたとおり、今度言ってみよう。歌手になればいいんじゃないかって。きっと、彼女は笑うだろう。
△
「ここに作戦案が三つある」
おもむろにシェナがメモリスティックを三つ取り出して言った。今日はルイーザたちも含めた、移送の護衛部隊の顔合わせだ。軍人たちとの共同会議でもある。シェナはきっちり三日で仕上げて来たということである。
「このメモリスティックには、それぞれ違う移送作戦内容が入っている。どうぞ、一つ選んでください」
と、シェナは軍側の最高責任者(中佐らしい)にメモリスティックを差し出した。中佐が一つメモリスティックを選ぶ。シェナはそれ以外のメモリスティックを魔法で粉々に粉砕した。
「では、その移送作戦で行きましょう。作戦と言っても、移送経路を踏まえ、襲撃と脱走を考慮した人員配置と言うだけですけど」
オフラインのタブレットに作戦内容が送られてくる。要旨であり、その人に必要な情報しか送られてこない。基本的な作戦目標はわかるが、細かい指示は指揮官が出すということだろう。シェナは参謀であるが、移送計画では指揮も取る予定だ。
どうでもいいが、この人……ホントに、すごく、頭がいいんだな、と思った。一緒に暮らしていてたいてい寝てるか食べてるか風邪ひいて寝込んでる感じなのに……。
「いや、やはり軍があなたを手放したのは大いなる損失だな」
中佐が言った。シェナがかつて所属していた陸軍の中佐だが、シェナとは特にかかわりはなかったらしい。年齢も彼の方が少し上だ。
シェナは「それはどうも」と素っ気なく言ったが、まだましな方だ。これが中佐相手ではなかったら、鼻で笑って終わっている。
「今回の作戦目的は、現在首都郊外のランガー刑務所に収容されている最重要犯罪者ロジャー・クレチアンをヘルツベルクにある国際魔法同盟シーラッハ収容所へ無事に移送することです。ですので、その目的を第一に行動してください」
「もし、犯罪組織を見つけても無視しろ、と言うことかな?」
先ほどの中佐が意地悪な質問をするが、シェナはぶれない。
「我々が捕まえる必要がないということです。見つけた時点で、待機している治安維持部隊に連絡すればいいのです」
的確すぎる回答が帰ってきて、中佐はつまらなさそうに肩をすくめた。しかも、君、まじめすぎてつまらないと言われないか、などと言っている。むしろ奇行で周囲を戸惑わせているが。
「命令系統を順守の上、みなさん安全かつ目的を見失わずに行動してください」
そう言って、シェナは作戦会議を閉めた。
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長めの章。シェナご乱心の巻。




