シェケナ
お題の『夏祭り』要素が薄いのは、シェケナが強すぎるからなんだ。ロックの神様は時に罪な事をするもんだぜ……ロックンロール!!
ドン ドン ドドン……
ドン ドドン……
夕暮れの蝉時雨に混ざり町内夏祭りの太鼓を練習する音が聞こえてくると、思わず耳を傾け窓辺で悦に入った彼女。
「いいわねー。夏って感じよね。ね?」
麦茶片手に彼女が振り向くと、そこには金髪のモヒカン男がギターを片手に立っていた。いかにもロックンロールな出で立ちで、夏にも拘わらずジャケットを羽織っている。
「シェケナ シェケナ シェケナ シェケナ! ロックンロール!!」
―――ボゴッ!
「鳩尾シェケナ……!」
男は鳩尾に鋭いパンチを貰い、思わず蹲ってしまった……。
「シェケナシェケナ煩いのよ! せめてまともなのを歌いなさいよ!!」
「シェケ……」
「返事は『はい』!!」
「はい……」
男はしょんぼりと肩を落とし静かにギターを弾き始める。
「なーつがすーぎーシェケあざみー。誰のシェケナにさまようー……」
―――ボゴォッ!!
「しぇけ……っ!!」
再び鳩尾にシェケナパンチを貰うと、男は蹲り地面に横たわってしまった……。
「アンタって本当に才能無いのね!? シェケナにさ迷ってるのはアンタよ!! 今度シェケナとかふざけた事ぬかしたらギター壊すわよ!?」
「うぐぐ…………はい……」
男は涙を吞んでそれを聞き入れた。男にとってシェケナを捨てると言う事は死に等しかったが、愛しのギターを守るため男は耐えるしか無かった……。
「それよりもう少しで夏祭りが始まるわ! アンタもさっさと準備なさい!」
「はい……」
町内の夏祭りは小規模とは言えそれなりに出店が立ち並んでおり、夏らしい雰囲気が漂っていた。子ども達がラムネを飲む姿を微笑ましく眺める彼女を見て、イマジネーションが沸いてきた男はギターを鳴らそうかと思ったが、『シェケナ』しか出て来なかったので止めた。
「……アンタ、ギター持って夏祭りに来るとかどうかしてない?」
「持ってないと不安なので……」
「まぁいいわ。シェケナは禁止よ、それだけは忘れないでね」
掌に水ヨーヨーを打ち付ける彼女を眺め、再びイマジネーションが沸いてきた男。しかし『シェケナ』しか出て来なかったのでギターを鳴らすのを止めた……。
「ちょっとそこのギターを持ったお二人さん! 是非『カップルクイズ』に挑戦していきませんか!?」
STAFFと書かれた法被を着たチャラそうな男が二人に声を掛けてきた。お互いに関する問題が出され、二人の答えが一致すれば正解で賞金が貰える。外れても喧嘩が始まるか二人の仲が険悪になるかで、一部の層から非常に評判の良いクイズだ。
「この人何も覚えてないわよ?」
「クイズは全部で5問、賞金は10万円ですので是非!」
「やるわ! アンタ間違えたら殺すわよ!!」
「あ、はい……頑張ります……」
10万円に釣られた彼女に引き摺られる様に連れて行かれる男。特設会場では別な男が『嫁の誕生日』を間違え嫁にヒールで踏まれている真っ最中だった……。
(な、なんてシェケナなクイズだ……)
男は我が身の行く末に身震いを覚えギターを握る手に思わず力が入った。
「それでは次の挑戦者どうぞ!!」
意気揚々と壇上へ上がる彼女。男は及び腰でそろそろと死刑台に上る気持ちだ。
「おっと! 彼氏さんは何故かギターを持っていますが、それでは最初の問題へ行きましょう!」
(……言うならもっと触れてくれよ……)
男は絶好のアピールチャンスを逃され失意に満ちた。しかしこのクイズに正解しなければ男に待ち受けるのは『死』あるのみだ……。男はロックの神様に祈りを捧げた。
「第一問! 二人が付き合い始めた記念日は!?」
手元のフリップにサラサラと答えを書き出す彼女。男は遠い記憶を手繰り寄せながら恐る恐る答えを書いた。
「7月15日」
「7月15日……」
「正解です!!」
会場からは歓声が上がる。その中に舌打ちやブーイングも混じっているのはやはり一部の層とやらなのだろう……。男は一先ず生き延びられた事をロックの神様に感謝した。
「第二問!!」
それからも男は死ぬギリギリの淵を彷徨いながら何とか答えを導き続けた。男の額には冷や汗や脂汗が流れており、彼女の顔すらまともに見れなくなっている程だった……。
「それでは最後の問題です!!」
会場からは初の全問正解に期待が満ちており、一部の層の方々は今にもブチ切れそうな顔をしていた。
「彼氏さんの口癖は!?」
(キタ! 10万円ゲットよ!!)
彼女は書き殴るようにフリップに『シェケナ!』と書いた。
「それでは二人同時にどうぞ!!」
「シェケナ!」
「……ロックンロール」
会場はシーンと静まり返り、最後の最後で外した二人に会場は落胆の声があがる。一部の層とやらは嬉々として成り行きを見ている。そして何より一番驚いていたのは彼女であった……。
「はぁ!? 何よ『ロックンロール』って!?」
「次、シェケナしたらギターを壊されるから……」
「何よそれ! 10万円よ!? 10万円!!」
「……何より君にギターを壊す様な真似をさせたくなかったんだ。ゴメンよ……」
「アンタ……」
壇上でしんみりする二人。会場からは『?』の文字が窺えた。最早二人にしか分からない世界だ。
「何やら良く分かりませんが、雨降って地固まると言った感じでしょうか!?」
―――ボコッ!
「しぇけ……っ!!」
壇上から去り際に男の鳩尾に軽いパンチがお見舞いされた。それでも二人は笑顔で会場を後にした。確かにそこには二人にしか分からない世界があった……。
フランクフルトを頬張りながら家路についた二人。彼女の満足そうな顔を眺めているだけで男は十分であった。景気付けに歌でも歌おうかと思ったが『シェケナ』しか出て来なかったので止めた。
「……ねぇ。何か歌ってよ」
「良いのかい?」
男はギターを優しく弾き始めた。
「きーみーがーいたなーつはー遠いシェケのなーかー……」
「……やっぱり才能無いわね。明日ギター売ってきなさい! それと帰ったらモヒカンも剃るわよ!」
「しぇけ……」
「返事は『はい』!」
「……シェケナベイベー!!」
―――ボゴッ!!
「うぐっ……」
渾身のシェケナパンチで、その日男の中なら『シェケナ』は消えた…………
読んで頂きましてありがとうございました。
ロックンロール!!