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折れた翼の英雄譚  作者: 猫の人
7章 かくして英雄は生まれる(王国歴154~155年)
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エピローグ:出征式

「イルムだけでいいの?」

「私たちは、要らないの?」


 イルムの出兵が確定したことで、嫁二人は不安そうにしている。

 前回と違い、今回はイルム一人が対象だったため、あえてイルムは嫁二人を連れて行かない選択をした。

 部隊長から副隊長に降格したようなものなので、補助人員が少なくていいという理由もある。


「戦場に俺が必要とされているかもしれないけどさ、俺はそれよりも子供たちの方が大事なんだよ。

 ルーナ、ネリー。ムスカとユナを、頼む」


 イルムが二人を残す理由は、ほとんど子供たちの事を考えてだ。

 幼い我が子から母親を連れ去っていくなど、イルムにはできなかったのだ。

 子供に母親は絶対に必要だと、イルムは強く思っている。



「最悪は戦場から逃げ出すから問題ないよ。このあいだ、馬と走り比べをしたんだけど余裕で勝てたし。逃げるだけなら簡単だよ。

 俺は絶対に死なないから。それだけは安心していいよ。

 ……ただ、な。逃げてくるって事は、そのまま公都を逃げるって事でもあるんだけど」


 不安そうにする妻たちに、イルムは「絶対に死なないから安心しろ」とほほ笑みかける。

 根拠の無い言葉であれば二人の不安も拭えないが、ルーナたちはイルムの「馬より足が速い」という保証に少し安堵の息を漏らす。

 普通は馬で追いかけられたら逃げ切れないが、その馬より足が速いなら安心だと。


 本当にイルムが馬より速く走れるのかどうかという点を、二人は気にしていない。

 こういう時にイルムがつまらない嘘を言う人間ではないと知っているし、だとすれば本当のことを言っているという信頼がある。

 イルムは「できる」「できない」という点に関して嘘をつくことは少ない。二人に対してほほぼ全く無い。

 こういう時、普段からの信用が大事であった。



 なお、それ以外ではイルムも適当な事を言う事がよくあるので、何か言っても二人に軽く流されることが多い。

 それもまた、普段の行いの結果である。





 こうやって出兵前の別れをする者たちは大勢いる。

 貴族街であるこの辺りでは他の家でも似たようなやり取りをしているところが散見され、残され不安そうにする者が多くいる。

 民衆の方は楽観論がまかり通ってしまったが、ある程度以上教育を受け想像力がしっかりしている貴族たちやその身内には、今回の出兵が危険なものであると分かっているらしい。



 兵士の練度で言えば、魔法を抜きにするとアブーハ公爵の方が確実に強い。


 ミルグランデ領を抑えて数年。

 減った兵士も補充されているだろうし、生き残った兵士は精兵へと成長しているだろう。


 魔法という強み(アドバンテージ)がどこまで差を埋めるのか。

 勝敗はまさにその一点にかかっている。





 別れを終えた者たちが軍の練兵場に集まる。


 大勢が集まり行うのは出征式だ。

 これをやらねば上がる士気も上がらない。


 演出というのは馬鹿にできる事ではなく、出征式は絶対に必要な最低限の儀礼である。

 公爵が直接声をかけ、見送ることで出征に意義を持たせるのだ。



「よく集まってくれた! 勇猛なるサーベリオンの騎士たちよ!!」


 公爵本人は当たり前だが公都に残る。ウノも同様だ。

 だが、今回の戦争の原因であるミラルドは軍の総括として臨時の騎士団長に就任する。


 公爵がミラルドを騎士団長に任じると宣言し、周囲はそれに拍手で応えた。

 人によってはそれを茶番と厭うのだろうが、それでもやらないよりはずっといい。形式的な行為をなぞる事で、周囲は「士気の高い精鋭騎士団」の役割(ロール)を自分から始める。

 一人がそうなってしまえばあとは徐々にそれが共感され、騎士たちは騎士団という一つの生き物へと作り替えられていく。



 イルムも騎士団長補佐として役職を与えられるが、その実は敗戦時にミラルドを保護する、その一言に尽きる。

 周囲に合わせ凛々しい表情を見せてはいたが、内心では今後も含めどのように動くべきかを考えていた。

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