幕間:小さな村の話
サーベリオン領とミルグランデ領。
その境目にある小さな農村。
もとはミルグランデ領に所属する農村だが、今ではサーベリオン領に編入され、その庇護下で生活をしている。
ただ、その生活はあまり良くなかった。
「じいさん! 猟師のトニーが怪我したってよ!」
「またか。今度は何が出たんじゃ?」
「大猪だ! しかも黒いのだ!」
「騎士様に、出てもらうようお願いせんとなぁ……。幾らかかるんじゃろう?」
「じいさん、何とか出来ないのかよ!?」
「無茶を言わんでくれよ。この老骨に、森は厳しすぎるぞ」
齢50を越え枯れ木のようになった体の老人。
その老人が住む家に、一人の若者が駆け込んできた。
若者は狩りに出かけた猟師が返り討ちに遭って怪我をしたと大声でまくしたてる。
老人は若者を助けてやりたかったが、直ぐに自分の手に余ると諦めの次善策を口にした。長く生きている分、判断は素早く正確だ。
ただ、若者にはそれが分からない。
自分の村の問題だからとプライドを振りかざす。
結局、この一件は村長を経由して近隣のダーレンへと持ち込まれるのだった。
森と共に生きるというのは、命がけだ。
森には様々な動物がいて、モンスターまでいる。入るだけで命の危険があるのだ。
森に入らずとも森の住人が村人を襲う、家畜を奪う、畑を荒らすといったことも少なくない。
その分の見返りとして、食糧に燃料、建材などと森にある様々な恵みを受け取ることが出来るのだが。見返りがなかったら村は直ぐに消えて無くなっていただろう。
森に生きるというのは、森から一方的に搾取することが出来るというわけではなく、森に何かを差し出さねばならないのだ。
村の権力者は二人いる。
一人は村長。
行政の代表なので権力を有しているのも当たり前だ。
普段何かあった時は彼に話がいくことになる。
もう一人は“魔法使いのじいさん”こと、オーガス。
村で唯一まともに魔法が扱える知恵者だ。その知識で問題を解決する。
なお、魔法が使えるとは言っても初歩の初歩の魔法を一つ二つしか使えないのだが、それでもただの村人にしてみれば凄い事であった。
人と人のもめ事は村長が受け持つ。
人と森の問題はじいさんが受け持つ。
だいたいその様な役割分担がなされていた。
「クリフとウノがいれば、余所者を呼ぶことも無かったっていうのに……」
「ホントにあの二人を送り出さなきゃいけなかったのか? あいつらに村に残ってもらってさ、頑張ってもらった方が良かったんじゃ無いのか?」
オーガスのところに駆け込んでいった若者、ブルスはその様に愚痴を漏らす。
すると、周囲の仲間達も同意する。
クリフとウノを徴兵時に送り出した村だが、あれは二人で無くとも問題なかったのでは無いかという意見が村にはあった。
二人とも能力的には申し分なく、いてくれればどれだけ助かったか分からない。
怪我人がいても直ぐに治してもらえるし、クリフの仕事ぶりは素早く丁寧。あまり役に立たない連中を送り出した方が良かったと思う。
「俺たちには何にも返ってこないしな。あいつらぐらい凄いのを送り出したんだからさ、もっと何かあっても良いんじゃねえの?」
「だよなぁ。道具屋のトニーを送り出した方が良かったよな。猟師のトニーと同じ名前で紛らわしいし。役に立たないし」
「違いねぇ!」
一度魔法の恩恵を受けてしまえば、また魔法使いが欲しくなるのは人情である。
強欲な騎士に食糧を奪われるまでは、彼らの主観だと快適で裕福な生活が出来ていたのだ。
その頃に戻りたいと考えても不思議では無く、同じように懐かしむ声は小さくない。
黒い大猪の話が出て二月ほど後。
一組の傭兵団が、村を訪ねることになる。




