クリフの暴走
イルムとクリフは古い友人関係であるが、その事は秘密にされている。
二人は表から会いに行くことは無いし、やっている事が違うので仕事上の付き合いもない。
だから、公爵もふたりが知り合いである事を知らなかった。
だから、イルムの初動は遅れに遅れた。
「兄さん!」
イルムはいつものようにこっそりとクリフの所に押しかけたのだが、肝心のクリフは不在であった。
そして普段は自分の部屋にいるはずのウノが一人、クリフのベッドで泣いていた。
ウノはイルムに気が付くと、兄の胸に抱き着き嗚咽を漏らす。
「ウノ? いや、いったい何があったんだ? 状況が全く分からないんだ。何があった?」
「クリフが、クリフが……っ」
「クリフ?」
ウノは泣きながらも説明をしようとするが、上手く喋れずクリフの名前を言うばかり。
イルムはクリフに何かがあったというのだけは分かったが、何があったのかは分からない。ただ、ウノの精神面に配慮してすぐに体ただす真似はせず、抱きしめ頭をなでて落ち着くように慰める。
そうしてしばらくすると、ウノが泣き止み、ちゃんと事情を説明できるようになる。
「あのね、クリフが、アブーハ公爵領から来た使者の騎士を殴っちゃったの」
ただし、ウノも何があったのかはよく分かっていない。
アブーハ公爵領から来たという騎士が、“聖女”に興味を持ち、ウノに面会を申し込んだ。
そしてウノたちが顔を合わせた時に、使者の顔を見たクリフが激昂し、その顔を殴り飛ばしたのだ。それも、全力で。
殺しはしなかったが、クリフはそうとう危ういところまでボコボコにしたらしい。
使者の顔の骨が砕け、その後も殴られたため半死半生。その場はもちろん大惨事。
他家の騎士に暴行を働いたクリフはその場で捕らえられ、数日後に処刑されるという。
それを聞いたイルムは、何があったのかを正しく把握する。
「たぶんだが、その騎士。俺たちの村を襲った奴だ」
「え!?」
「アブーハ領の騎士っていうならまず間違いない。と言うか、そうでもなければクリフがそんな事をする理由は無いからな」
使者である騎士の方はクリフの事など覚えていないだろう。襲った側にしてみれば、記憶に残るほどの相手ではないからだ。
しかしクリフにしてみれば相手は家族を殺され村を焼いた極悪人であり、記憶に鮮明に残っていたのだろう。イルムも相手の顔をはっきりと覚えている。
イルムとしても一発殴りたい相手であることは間違いない。
問題は、これが外交問題になっている事だ。
サーベリオン公爵側はこれを失敗とするしかなく、侘びの意味を込めてクリフを処分するしかない。
アブーハ公爵側を切り捨てミルグランデ公爵とつるむ理由にすれば良いという話ではなく、貴族としての信用問題にもつながる。
クリフは自分が何をされたのかを公爵に説明しているだろう。
それでもクリフが解放されない事を考えれば、処刑は止められない流れという推測が成り立つ。
「兄さん、クリフを助けて」
ウノは涙ながらにイルムに懇願する。
愛する夫を助けて、と。
だが、イルムはかなり強くはあってもただの一個人でしかなかった。
「すまない。それは、出来ない」
大切な妹の頼みではある。
が、イルムにはそれに応える力が無かった。




