エピローグ:転機
今回の件で、イルムが気にしたのは「本当に公爵は約束を守ってくれるか」程度だ。
金銭報酬はあったが、その後はそのまま悪役としてきりすてるかも。その可能性はゼロではないと警戒していた。
逃げれば容易に守れる命や尊厳は大事だが、せっかく手に入れた家などを失いたくはない。可能な範囲でそれらも守りたい。
公爵側の要請に従い愚か者を集めるのは良いが、一緒に処罰されれば従った意味はないのだ。
もしも公爵が裏切った場合は相応の報いを受けさせるが、そうならないように何かが欲しかった。
ただ、公爵だって証拠を残すような間抜けにはなりたくない。
この取引は信頼関係が何よりも大切となる。
だからこの取引を試金石にしようと、双方が考えていた。
しばらくは公爵の予定通りに事は進む。
数名の愚か者が引っ掛かり、内々に処分された。
だが、話はイルムと公爵の思惑から逸れていく。
「では、ミュロンが主犯であるという可能性が高いのは、間違いないのだな」
「はい。周囲の証言を繋ぎ合わせると……」
「騎士団長、騎士隊長が揃って魔法使いの確保を秘密裏に行うとは」
風向きが変わったのは、公爵が被害の調査をして一月後だ。
被害者のなかに、ミュロンや騎士団長がいたのはすぐに分かった。
いつまで経っても顔を出さないのなら、すぐに死んだのだろうと思われる。
ただ、なぜあの日、あの場所にいたのかを調べられ出すと、途端にキナ臭くなる。
爆発の中心に騎士団長がこっそりと大きな家を用意していたこと、ミュロンや多くの貴族関係者が出入りしていたことが芋づる式に発覚した。
あとは彼らが集まる理由を探し出すと、幾人かの家から密約の証拠になるものが見つかった。
魔法使いになるのは良いとして、公爵の意思に反するのだからと、保険を求めて証拠を作っていた者がいたのだ。
こうなると、話は魔術師長が言っていた事こそ事実ではないかとなる。
イルムは確かに有用で、今回の件では汚れ役も演じてくれた。
しかし、公爵にしてみればまだ信頼できるとは言えなかった。
貴族の信用とは、一代では難しいものなのだ。
数世代続けて仕え、ようやく得られる。
イルムの立場は知らぬ間に危険な事になっていた。
そんなことを知らないイルムは、汚れ役で多少の信頼を得たと考える。
自分が政略結婚をしたくないというのに配慮してくれたことを踏まえ、公爵に感謝をしている。
悪い印象を持たなくなり始めた。
もちろん公爵が公的な判断で自分を切り捨てざるを得ない場面があるとは理解しているが、有用性から、多少は手加減してもらえると思うようになる。
何もしていないのなら信頼されないのは当たり前。
仕事をして結果を出せば実績から信頼される。
イルムの人生は、そこまで簡単ではなかった事に、彼はまだ気が付けていない。
その回りの人間もだ。
歯車がひとつ、狂っていった。




