ゲヘナ/地獄の入り口
ある夏の日。
その日のイルムは、弟子数人を自宅での食事に招いていた。
教える者と教わる者。
師匠と弟子の間柄は家族に似ていて、距離が近い。
イルムもたまには弟子を家に招いてご飯を食べるのだ。修行の終わりに夕飯でも、と、家へ連れてきた。
「師匠、ありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
高弟がイルムに頭を下げると、その弟子たちも一緒に頭を下げる。
王国に「いただきます」や「ごちそうさま」といった言葉は無いが、家主に感謝の言葉を投げるぐらいはするのだ。
貴族であれば、客を招いた時ぐらいは豪勢なものを出す。
しかしイルムは貴族ではなかったので、飾らない、大勢で食べるのに適した料理を用意した。
大皿に乗った、鶏肉に小麦粉をまぶし焼いた唐揚げモドキ。
軽くゆでた葉野菜にドレッシングをかけた温サラダ。
卵を溶いた、鶏ガラスープ。
そして玄米ご飯。
水が豊富な王国では水田で稲を育てる事が多く、一部の乾燥した場所では小麦を育てる。
米も小麦も、王国ではありふれた主食なのだ。
白米ではなく玄米なのは、栄養価の問題だ。
王国では経験的に、白米より玄米の方が栄養があると知っているのである。出来た米ぬかは有用だが、そのまま食べた方が都合が良いのだ。
白米に比べ玄米の味や香りは癖が強いが、慣れてしまえば気にならない。
特に庶民では白米になるまで精米する手間を省く意味でも、玄米が主食であった。
騎士になる者は貴族が多いのだが、騎士になるようなものは大概貧乏貴族の出であった。
出された食事は普段、実家で食べるよりも豪華に見えるので弟子たちは嬉しそうだ。
弟子たちが喜び勇んで唐揚げモドキを摘まんで食べようとしたところで――外から、爆発音が聞こえた。
「なんだ!?」
大きな音と、それに揺られた家屋。
イルムは弟子たちを部屋に残したまま、外の様子を確認する。
すると、公都の反対の方、イルムの家から2㎞は離れた所だろうか? そこから、大量の黒煙が昇っているのが見えた。
遠くなのではっきりとは分からないが、かなり広範囲から黒煙が昇っているだけではない。地平線が夕焼けではない赤に染まっており、不吉な想像を掻き立てる。
何かがあった。
だが、何があったかは分からない。
イルムは現場に向かうことにした。
「ルーナ、ネリー! 二人は家で待機。いざという時は生存を最優先、逃げるように。弟子たちを頼む。ロイダンは俺と一緒に現場に向かうぞ!」
「「はい!」」
「分かりました、師匠!」
何かあったとして、もしもそれがミルグランデ側の攻撃であれば、二人は別行動の方がいい。イルムと嫁たちでは機動力が違いすぎるので、その方が互いに臨機応変に動ける。
ロイダン、高弟の一人を連れて行くのは彼も相応の実力者だからだ。
ロイダンは元は騎士隊長であり、剣だけで言えばイルムより強い。アビリティではイルムに劣るが、豊富な実戦経験もあるので足手まといになることは無い。
この場に残すことも考えたが、イルムの生存力を高めるためにも単独行動は避けたいという判断が働いていた。
そうしてイルムたちは駆け出し、現場の端に到着して。
――この世の地獄を見た。




