父と息子と
その日は朝から雨だった。
雨足は強く、家の中のイルム達が普通に会話をしようにも、大きめの声を出さねばならなかった。
……家のそこかしこに隙間があり、そこから音が入ってくるとも言う。
「これでは、外の仕事は出来ないな」
バルバスが空を見ると、黒く分厚い雲が視界いっぱいに広がっており、しばらく雨が降り続ける事が容易に想像できた。
こうなっては農作業に狩猟などの食糧確保が出来ず、屋内での仕事しか出来ない。
雨足が弱ければ外に出る事も考えるのだが、土砂降りの中で野良作業などしようものなら、たとえ屈強なバルバスといえど風邪を引くこともある。森に入れば思わぬ不覚を取る事もある。
軽めの巡回は傘を差して行うが、本格的に外で何かをするには厳しかった。
こんな日にバルバスとイルムが行うのは、麦わらで紐を編み、草履などの日常品を作る内職関係の仕事だ。
妹のウノは機織りと元から屋内作業なので特に変わりはない。バルバスが機織り用の長屋までウノをエスコートし、その間にイルムが仕事の準備を整えていた。
ガタイのいい男二人がやる内職仕事は外見に似合わないとしか言い様がないのだが、この二人はそこまで不器用でもなく、むしろ器用と言えるので、とても良いペースで作業が進む。
内職中は仕事に集中するため休憩以外はほぼ無言のはずなのだが、唐突にバルバスが口を開いた。
「ずいぶんと器用に魔法を使えるようになったな」
「そりゃ、練習しているからね」
雨が降っているという事は太陽が出ていないという事で、当然のように周囲は暗い。
ガラス窓など庶民の家には当然無く、普段日の光を入れる採光窓は雨が入ってくるのを嫌がり閉めている。密閉された部屋の中なのだから暗くて当たり前なのだ。
通常であればロウソクなどの明かりを灯さねばならないところを、イルムは魔法の≪灯火≫で部屋を照らしていた。
ふよふよと、魔法で作られたまん丸の火の玉が部屋の中央、天井近くに漂って部屋中を照らしている。
陽光の下を思えばやや暗く薄暗いという印象を覚えてしまうが、この明かりがない事に比べれば、これまでのどの雨の日よりも効率良く仕事が出来るはずだ。
なにより、経済的である。
こうやって実用レベルで魔法を使い、それを維持しようと思えばそちらにある程度意識を向けなければいけないのが初心者魔法使いだ。イルムのように誰かと喋りながら歩くような、半分無意識で魔法を維持するようになるまで2~3年と時間がかかるのが普通である。
なお、このときのイルムは魔法を覚えてから半年足らずである。
まだ齢13に満たない少年は、もうこれで食っていけるだけの技量を身につけていた。
「お前は――」
「うん?」
「お前は、俺の後を継ぐ気があるのか?」
バルバスは、自分の中にあった一番の不安をイルムに吐き出した。
バルバスから見たイルムは「糸の切れた凧」とでも称するような、地に足のついていない生活をしている。
普通の子供は親のところで仕事を覚え、何年も修行をして後継ぎになるのだ。
才能はあるが、一所に止まろうとしないように見えるイルムは、将来をきちんと考えているのか心配になってしまうのは親として無理からぬ事だった。
「もちろんそのつもりだけど? 村のみんなを外敵から守るお仕事でしょ。ちゃんとやるよ。
と言うかさ、それ以外に仕事ってないよね。外にでも出ない限りはさ」
そんな親の心配も何のその。
イルムはあっさりと「後を継ぐよ」と言い切る。
「外に出たって兵隊にされて使い潰されるだけだし? そこで手柄を立てて一攫千金成り上がりなんて、そんな夢物語の主人公に成れるなんて考えてないよ」
だから心配しなくてもいいと、イルムは笑った。
バルバスは「ならばなぜ、自分のいう事を聞かないのか」と愚痴をこぼすが、イルムは「自分なりに強くなるために考えているからだよ」と親の意見を一蹴する。
親の心、子知らず。
子の心も、親には分からない。
互いの妥協点を探り合う事もなく、かといって決定的にこじれる事も分かり合う事もなく。
そこそこの、奇妙なすれ違いを残したまま、親子のいびつな関係は続くのだった。