プロローグ:イルムの家での日常
自宅とは良いものだ、とイルムは思う。
これまで借家を借りる事すらできなかったイルムたちだったが、一時的とはいえ軍に所属したことで貴族に縁ができ、その伝手で自分の家を入手するに至ったのだ。
そんな事を思い出しながら、イルムは自分の部屋で弟子の指導要綱をまとめる手を止め、雇の女中が用意した飲み物に口を付けた。
「イルム、今日はお肉」
「イルム、鳥を捕まえてきたよ」
そうやってイルムが一人の時間を楽しんでいると、ドアが開けられ肩まで黒髪を伸ばした二人の女性が入ってきた。
ルーナとネリー。どちらもイルムの正妻だ。
二人は大きめの鳥を手にしており、それを自慢げにイルムに見せている。
鳥は丸々と太っており、その首のあたりに矢が突き刺さっていた。魔法で殺せば羽毛に酷い被害が出ているのだが、そういった様子はない。ぱっと見ただけでは魔法抜きで倒したかのように見える。
ただ、そう見えるというだけで、二人は魔法を使って鳥を狩ってきたのだ。
「≪サンダー≫の手加減もずいぶん上手くなったよなぁ」
「「頑張ったから、当然」」
二人はただ狩りをしに行ったのではない。
魔法の訓練を兼ねて狩りに行ったのだ。
魔法の効果の強弱は、実際に使ってみないと分からない事が多いのだ。
「イルムはお仕事?」
「新弟子の指導要綱?」
獲物を自慢し終えた二人は、調理しておくようにと女中に鳥を渡してから、イルムの机にあった書類を手に取る。
その内容を確認してみると、弟子の訓練状況と今後の指導方法について書かれていた。
また、今後、新人を受け入れた時の指導方法についても書かれている。
そろそろ最初の5人の育成機関が終わるため、イルムは“次”を見据えた動きをしていたのだ。
「ま、コレで食っていくんだからな。俺も成長しなきゃいけないだろ」
それをイルムは笑って肯定する。
イルムは戦場に出てみたが、やはり自分には合わないと感じていた。
兵士同士で命のやり取りをするのは論外、後方で支援するのも心情的には関わりたくないと感じてしまう。
盗賊退治では気にならなかった、自分が選んだわけではない戦場に忌避感を感じてしまうのだ。
殺し合いをするにしても、やはり自分が納得できるだけの何かが無いとダメだったのだ。
イルムは国とか見知らぬ誰かの命令などでは命を張ることが出来ない種類の人間だった。
そんなイルムだからこそ、今の「後進の育成」という職場は気に入っている。
弟子は誰かの命令で戦うかもしれないが、そこはあまり気にならないのである。
師として無責任な考えではあるが、弟子が何をするも弟子の責任でしかなく、自分がとやかく言うことは無いという風に思っていた。
そうやって割り切るからこそ、国の指示した人間を魔法使いに育てることを拒まずに済むのだが。
「私のは鳥の中にご飯と山菜を入れて焼いてもらうように頼んでおいたの」
「私のはハチミツを塗ってから焼くように頼んでおいたの」
その後もしばらく雑談していた三人だが、夕飯の時間になったので食堂へと向かう。
調理場からは鳥の焼けるいい匂いがしており、三人の空いた腹を刺激する。
どうやって調理するかを説明する嫁二人に、イルムは笑いながら応えるのだった。




