昔の話だ
「なんでサーベリオン領に来たんだ、ウノは? むしろ、どうやって?」
思わぬところで妹の名前を聞いたイルムは、思わずそうこぼした。
通常、同じ王国民であれば誰がどこに行こうと自由である――という話は無い。
王国の法では、平民が勝手に違う領主の土地に移動するのは違法である。領主の許可を取り、事前に申請した関所を通る必要がある。
イルムたちの様に傭兵という名の流民になってしまえばそれも問題ないが、クリフとウノが傭兵になれるとは思えない。
あの二人がミルグランデ領から出るのは不可能だと、イルムは思っていた。
それに、だ。
ウノには回復魔法の才能があると思っていたが、短期間で有名になる程とは思っていなかった。
特に、公爵の養子になるなど、全くの予想外である。
「父親の七光り、とか?」
「実父は王族なんだよね?」
「その可能性は否定しないけどな。それを、どうやって公爵閣下が知ったのかって話なんだよなぁ。
同盟したことでアブーハ公爵が漏らしたとか、そういう話か?」
イルムはこの話を聞いた後、シャリーを遠ざけルーナとネリーとの三人で相談することにした。
「「で、兄と名乗り出るの?」」
「名乗り出ない。あとでこっそり会いに行くぐらいはするつもりだけどな」
この話、イルムには直接関係ない。
間接的に関りがあるとすれば、イルムの名前にウノが拙い反応をした時ぐらいだ。
何事も無ければ、本当に何もないはずだ。
ただし、ウノがイルムの名前に反応する可能性は非常に高い。
なぜなら、イルムは魔法教導で実績を出しているからだ。回復魔法を使うウノがその名前を聞く機会は、ほぼ確実にあると思っていい。
一番困るのは、ウノを出汁にして公爵がイルムを使おうとすることだ。
イルムはウノを見捨てられず、手の届くところで何かあるのなら力を貸そうとしてしまうだろう。
イルムにとって、ウノは大切な妹なのだ。
村で別れた時はウノの方がイルムに気を使っていたという話でもある。
裏切られた事でクリフを見捨てると決めたイルムだが、あの時は瞬間的な感情でクリフを見捨てたのだと、今なら分かる。
だからこそウノは冷静になった時にクリフを見捨てた事を公開しなくても済むよう、イルムと別れてでもクリフに付いていったのだ。そうすればクリフを助けられる、兄妹にとって兄貴分だった男を死なせずに済むだろうから。
実際に、今のイルムはクリフの事を憎んでいないし、何年も兄のように慕った気持ちを思い出している。
むしろ、短絡的に見捨てたことを謝りたいとすら思っている。
イルムのクリフに対する怒りは、その程度のものだったのだ。
「流されちゃっただけですし?」
「場の空気ってありますから」
ルーナもネリーも、クリフに対してそこまでこだわっていない。あれは6年も前の話なのだから。
すでに終わった話なのだ。
「いつの機会になるか分からないけど、二人に会いに行こう。久しぶりに話がしたいし」
「私たちも、は難しいかなぁ」
「ですね。お留守番です」
「……二人も会えるよう、頑張ってみるよ」
懐かしい名前を聞いた三人は、ウノとクリフと会えたら、何を話そうと談笑する。
向こうがどう思っているかを、あえて棚に上げて。




