妹・ウノ
「兄さん、お帰りなさい」
家に帰ったイルムを迎えたのは、妹のウノだ。
歳はイルムより一つ下の11歳、少々どころかかなり厄介な生い立ちの娘である。
彼女の母親はイルムと同じ、バルバスの妻である。
だが、父親が違う。
イルムの母が今は亡き王太子に手籠めにされて生まれた子なのだ。
バルバスはこの時の事件をきっかけに騎士を辞め、王宮を去っている。
ゲームのメインストーリは村が襲われ、彼女が連れ去られたところから始まる。
そんなウノの容姿はイルムと同じ母親似。
肩に届くかどうかというところまで伸ばした黒髪はぼさぼさ、化粧っ気はなく外の仕事でちょっと日に焼けた肌をしているが、磨けばきっと美人で、笑うと可愛いイルム自慢の妹である。
なお、ウノは村の若い娘の例にもれず、クリフに熱を上げている。
クリフは村の中でも一番の有望株なのでお相手のいない娘にとって最後の希望、確かに存在する幸せへの片道切符なのだ。
「おかえり。今日はどうだったか?」
ウノに連れられ家のドアを潜り居間に行くと、そこには父、バルバスが鍋からスープをよそっていた。スープが彼らのメインディッシュらしい。
あと、テーブルには固焼きのパンが置かれている。
パンとスープ。
田舎の、特筆する立場ではない村民の食事などいつもこのようなものだ。
「日々の恵みに感謝を」
「「感謝を」」
家族三人、椅子に座ると、まず手を組んで祈りをささげる。
家長であるバルバスの言葉に子供二人が追従する形でだ。
こういった感謝の祈りはやらない家庭も多いが、バルバスは信心深いので必ずしているし、子供たちにもそうするようにと言いつけてある。
この祈りをささげるとき、イルムは何か違う言葉が頭に思い浮かびそうになるのだが、どうにも記憶がはっきりしない。
おそらく前世の言葉なのだろうが、彼の前世知識は完璧ではなく、こういった虫食い箇所がいくつもある。
イルムの中に何かこう、もやもやとしたものが残るが、解決する手段が無い。
周囲に同じ世界からの転生者がいないので調べよう、確かめようが無いのだ。
イルム自身が、自分が転生者であることを明かしていない事も理由ではあるが。
「ほぅ、猪か。よくやった」
「肉は一塊貰ってきたけど、残りの処理は任せてきたよ」
「ああ、それでいい。お前が狩った獲物だからな」
夕飯の時間は家族団欒の時間であり、それぞれが何をしていたのか、情報交換をする時間でもある。
イルムは狩りの成果を話し、ウノは女衆に交じってやっていた機織りのことを話す。
二人はまだ成人前の子供だが、子供であろうと遊ばせておく余裕などない。働けるなら働かせるのが一般的だ。
教育とは実地で行う物であり、文字の読み書きや計算なども含めて職の技能継承が行われる。
もちろん、それでは使われない語なども多く、識字率は国全体で見ればかなり低い。
ただ、それを生業にする者にとってはそれで充分であり、転職という概念の無い世界では問題にならなかった。
だからその事を誰も疑問に思っていない。
――イルム以外の誰もが。