酒宴
イルムは戦後も治療のために駆り出されていた。
戦争が終わっても、怪我人の数がいきなり減るわけではない。
人間は適切な治療を行い、十分な休養期間を経ることでようやく怪我が治るのだ。魔法という要素を無視すれば。
魔法による治療は軍にいる回復魔法の使い手をかき集めても、1日に200人治せれば良い方だ。全力で治療に当たるというのは余裕が無いという事なので、いざというときに備えるとその半分ぐらいが基本のペースとなる。
よって、10日以上もイルムたちは治療だけに掛かりきりになっていたのだった。
なお、戦後も色々な理由で怪我人が増え続けていたため、これほど時間がかかっている。軍の、戦争の怪我人だけであればもっと早くに終わっていただろう。
そうして治療を終えたイルムは、同じ部隊の隊員たちを集めて慰労会を開くことにした。
この場にはミルグランデ公爵側と通じている背信者がまだいるかもしれないが、そんな事は気にせず、労苦を共にした仲間として仲良くしようと思ったのだ。
それぐらいの、心のゆとりはあっていいだろうと。
「乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
イルムの音頭で、酒を注がれたジョッキが打ち合わされる。
木製のジョッキだったので、音は微妙で下手に力を入れれば打ち合った時に壊してしまうが、こういった事は気分の問題だ。全員、イルムのノリに合わせて付き合っている。
こうしてダーレン攻略戦の慰労会は始まった。
「終わってみると呆気なかったな」
「はい。ダーレン伯爵が野戦を選んでくれたおかげで、無駄に時間を使わずに済みました」
「街攻めは時間がかかるからな。壁があるし」
この世界、どこにでも魔物が存在する世界である。
何でもない所にふっと現れるようなことはあまり無いが、小鬼など、種として繁殖している魔物の数はかなり多い。
そういった魔物から民を守るべく、ある程度以上人口が多い街というのは立派な外壁を用意しているものである。そしてここ、ダーレンはその外壁がある街であった。
なお、外壁のほかに内壁がある街もあるが、それは大都市、王都や公都などぐらいである。
そして外壁だけでは人口を収めきれないので、外壁の外にも民家や畑などがあったりする。ダーレン伯爵はそういった外街、外壁の外にある民家などに被害が出ないように野戦を選んだわけだ。
伯爵にとって、外街も含めてダーレンだ。その全てが自分の街である。
きっと、外街すらどうやってでも守りたかったのだろう。
イルムは隣にいたシャリーと戦争の思い出話に花を咲かせるが、いつも喋っている相手と一緒にいてもあまり意味は無い。他の隊員のテーブルに移動した。
「隊長! オゴリありがとうございます!」
「ジョッキが空ですね。お注ぎします」
別のテーブルには、お酒の苦手な隊員が最初から避難している。
お酒というか安酒が苦手なだけかもしれないが、飲むか飲まないかは個人の自由という事でイルムは口を挟まない。
この場にいるのは騎士か貴族の子女ばかりだが、高いお酒を飲みなれた高位貴族はいない。単純に酒が苦手なだけのはずだ。
彼女たちは実家にいた頃より少し豪華な食事を奢ってくれるイルムに感謝し、イルムをもてなす。
どこでも肉類はあまり出回っておらず、こういった場で肉料理が出てくることは稀である。貴族子女のたしなみなど忘れ、お腹いっぱいに食べようとしていた。
悲しいが、下級貴族の食生活や財政事情など、どこもこんなものである。
だからこそ、こうやってご飯を奢ってくれる上司の為に部下は頑張るのだが。
「ルーナさんやネリーさんもいいですけどー、わたしも一緒に貰ってくれませんかねー?」
別のテーブル。酒飲みのテーブルだが。
酒が入れば理性が働かなくなるもので、酔った勢いでイルムは色仕掛けを受けていた。
密着され、胸やら太ももが薄い服越しに感じられる。
……酒臭い息を吐いているので、イルムはその感触を楽しもうという気になれなかったが。
「嫁は間に合っているさ。俺以外で、適当な男を見繕ってくれ」
「えー。もうどこも男が余ってないもんー。売れ残りに男なんて見つかりませんー」
イルムは適当にあしらおうとするが、両側から首や腰に手を回されて逃げられなくなっている。
彼女たちは本気でイルムを口説いているのではなく、ただ愚痴をこぼしたいだけなのだが。それでもイルム相手に八つ当たりというか、思わず絡んでしまうのだ。
結婚しているというのが、羨ましくて。
そんな嫉妬状態の隊員の相手もしつつ、夜は更けていく。
軍は周辺の村々を調略するため、もうしばらく、半月ほどダーレンに滞在することになっている。
イルムが帰還するのもそれまでだ。
あとは雑務のような仕事をするだけ。
そう思っていたイルムだったが、ここ、ダーレンで思わぬ再会をすることになる。




