幕間:とある農村の話
「騎士様! それを持って行かれては、うちの、うちの村の農業ができなくなります!
どうか、御慈悲を!!」
ミルグランデ公爵領にある名もなき小さな村の村長であるファーンは、己の運の無さを呪っていた。
最近になって御領主様が隣のサーベリオン公爵ともめたという話を聞いてはいたが、それが自分たちにどのような影響をもたらすのか、ちゃんと分っていなかった。他人事のように考えていたのだ。
しかし現実は非情で、戦時徴税という事で村にあった農作物のほとんどを差し押さえるという話になってしまったのだ。
多少の徴税はあれど、根こそぎ持って行かれようとすれば、村長としてファーンは抵抗しなくてはいけない。
そうでなければ村のみんなが飢えてしまうからだ。村の長ならば、村を守るために動かねばならない。
「うるさい! 閣下の決定に逆らうのか!!」
だが、抵抗してどうにかなるという問題ではない。
二人はどちらも同じぐらいの歳で壮年とはいえ、徴税に訪れたのが屈強な騎士であり、ファーンはどちらかというと文官肌の、体の強くない男だった。腕力差は歴然であり、腕一本で払いのけられた。
吹き飛ばされたファーンは強く頭を打ち、血を流して気絶した。
不幸中の幸いで、何とか一命はとりとめたものの、動けなくなってしまう。
「ふん。ただの村人ごときが逆らうからこうなるのだ。
お前ら! お前らも逆らえばこの男のようになるぞ! 死にたくなければ大人しくしていろ!!」
村長を気絶させた事に満足した騎士は、それを遠巻きに見ていた村人たちを脅しつけると、村の倉庫から種籾である穀物を残らず荷車に詰め込み去って行った。
「畜生! ミルグランデの糞野郎! 俺たちに死ねって言うのか!!」
「もうあんな野盗どもに従う義理は無い! サーベリオン様の方に乗り換えよう! 奴らの蛮行を訴えれば、きっと助けてくれる!」
暴力装置である騎士たちがいなくなると、村人たちは口々にミルグランデ公爵への暴言を叫ぶ。
彼らは明日の食事もままならなくなってしまったので、その呪いの言葉はある意味では正当な主張だ。通常、ここまで強硬に税を取り立てるというのはあまり無い。あったら領の経営が成り立たなくなる。
ただしこの徴税については、実際はミルグランデ公爵が命令したという事実など無い。真相は下っ端の暴走であった。
もちろん村人にそれを確かめるすべは無いのだが。
そうやって気炎を上げる村人たちを尻目に、怪我をした村長に駆け寄る者たちもいた。
その中には、イルムと同郷のクリフと、妹であるウノもいた。
「ウノ、治せるか?」
「ええ、大丈夫よ」
ウノはイルムから魔法関連の教育を受けており、なおかつ高貴な血筋の出自だけに魔法の才能があった。
その才能は防御・回復・補助といった分野に大きく偏っていたが、得意分野に限って言えば天才と呼べる実力を身につけていた。村長の怪我も、難なく癒してみせる。
「う……ウノか……?」
「はい。ファーンさん、大丈夫ですか?」
ウノとクリフにしてみれば、自分たちを受け入れる決断をしたファーンは恩人である。何かあれば助けるのは当然だと考えていた。
それにファーン自身の責任感や行動力もあり、ファーンは村人から慕われている。倒れた彼の周囲には、何人もの村人が心配そうにしていた。
怪我が治ったファーンが起き上がると、周りの村人から小さくない歓声が上がる。
そうして村長の無事を知った他の村人も、村長を囲むように集まって持論を述べた。
ミルグランデを見限ろう、と。
「そうか……もう、そうするしかないのか」
村人から状況を聞かされたファーンは、これからの事を考え、村の仲間の言葉を受け入れる。
実際、村の食糧庫には何も残されておらず、種籾すら無くては農業を続けることもできない。他所で買おうにも、この村の仕打ちを考えれば他の村に余剰があるとは思えなかった。
ファーンは決断した。
自分たちの村だけでは何の意味も無いかもしれないので、他の村も巻き込みつつ、一斉にサーベリオン公爵側に付こうと。
そうしなければ、生きていけないのだと覚悟を決めた。
幸い、もうすぐ春である。山野で食料を探せば、少しは持つ。
どうやってサーベリオン公爵に恭順の意を示すかという話し合いは周辺の村長を巻き込みつつ、確かに行われていた。
これは王国歴148年の春の事。
サーベリオン公爵の軍がダーレンに攻め入る、少し前の話。




