幕間:ダーレン伯爵
「どうしてこうなった」
夜襲の失敗。
報告を受けた今年で52歳になるダーレン伯爵メルキドは、薄くなった頭を抱え、独り呻いた。
メルキドは、元はサーベリオン公爵の信頼厚い領主貴族であった。何世代、何年間も敵対派閥から領地を守ってきた、武闘派貴族として。
その立場に不満を持ってしまったのは、ここ数年の話である。
敵対派閥であるミルグランデ公爵の攻勢が厳しくなり、自分だけでは対応しきれなくなったのが始まりだった。伯爵にしては精強な騎士団を持ってはいたが、公爵の本気には敵わないのだからしょうがない。
その事で今まで守ってきた安全地帯から出てこない貴族から嘲られるようになり、兵を増やすことで負担が増したのも彼にとって我慢を強いられる話であった。
だが、ここまでならまだ我慢をした。我慢できた。
そして不満を抱えきれず爆発させてしまったのは、サーベリオン公爵が援軍にと送ってきた戦力だった。
緊迫した状況では国境を守る自分の騎士団は動かせず、それでも普段騎士に任せていた仕事は無くならず。このままでは不味いと公爵を頼ったのだが、送られてきたのは数名の騎士と、五百の兵のみであった。敵の規模から類推するに、最低でも騎士団一つを動かすように要請していたにも関わらず、である。
送られてきたその兵士たちも練度が低く、統制がちゃんととれていない。平民上がりの、徴用しただけの名ばかり兵士であったのだから、彼らの到着は領内の治安悪化を招くことになった。
仕事が回らないからと助けを求めたのに仕事を増やされ出費も負担せねばならなくなったメルキドは、サーベリオン公爵には自分を、ダーレン伯爵領を守る気が無いのだと絶望し、ちょうど調略を仕掛けてきたミルグランデ公爵の使者の話に乗ったのだ。
裏切りたくて裏切ったのではない。そうしなければダーレン伯爵領を守れなかっただけなのだ。
この件に関しては、サーベリオン公爵にも言い分はある。
ダーレンを重視してはいたが、ミルグランデ公爵領など他の派閥と接している貴族は一つではない。そういった他の領主にも配慮が必要だった。
また、兵力は有限で国境警備の騎士団は簡単には動かせず、公都の騎士団だって軽々しく動かせばすぐに戦争だ。戦いの規模を小さくするためにも動かす兵士の数はそこそこでなくてはいけなかった。
兵士の質については、ただの誤算である。
彼らは公都にいる間は大人しくしていたし、命令にも従っていた。規律がとれていたのだ。だから信頼している騎士に任せ送り出した。
しかし安全な公都から戦地であるダーレンに来る事が兵士のストレスになり、戦いの恐怖を誤魔化すために乱暴な振る舞いをし始めた。彼らがやってきたのは訓練だけで、実戦を経験していないことが如実に現れたのだ。
統率する騎士、ジャンの力不足ともいう。父親の偉大さから「できる男」と過大な期待をされてしまったわけだ。ジャンに兵士を押さえつける力はなかった。
「せめて、一矢報いねば」
メルキドはどうにもならない現実に見切りをつけ、残る命で何をするかを考える。
大人しくサーベリオン公爵に下ったところでダーレンが使い潰されるだけ、信用できない。
ミルグランデ公爵に従っても同様だ。言う通り裏切り戦果をあげたというのに、ろくに報いもしない。今も応援を出そうともしない。
どちらも、ダーレンがどうなろうと構わないのだと、メルキドは判断した。
ならば死に花を咲かせるのみと、覚悟を決める。
武人の本懐を遂げるのだ。
翌日。
再び行われた降伏勧告を、騙すだけの戯れ言と切って捨て、ダーレン軍は最期の戦いに赴くのだった。




