幕間:魔法書の行方
「これはまた……とんでもない物が出てきたな」
「本人は、これがどのような価値を持つか分かっていないようでした。いえ、価値があるとは考えていても、その影響力を把握しきれなかったようです」
「仕方があるまい。彼は、我らのような教育を受けていないのだからな」
ダーレン遠征軍を率いる第四騎士団の騎士団長、バルトルト。
彼はシャリーから渡された一枚の羊皮紙を前に、思わず重苦しいうなり声を上げた。
彼が見ているそれは、イルムが書いていた魔法の手引き書の一枚である。
本人の許可を得て、シャリーが書き写した物だ。
「本人には説明をしたのか?」
「はい。これまでの魔法書とは比べられないと言うことを教えたのですが……『内容が分かりにくいのは、書いている奴が何を書いているか分かっていないか、教える気がないのか、伝える力が無いかの3種類だけ』だそうです」
二人が見たイルムの方法論は、これまでの魔法書とは全く比べられない内容だった。
これまでの魔法書、それは詩的であったり抽象的であったり、それとも物語のようであり、これでどうやって魔法を使えばいいのか全く理解できないような代物だった。
また、中には「聖霊とは~~、その力を借りる為~~」と、ある程度具体的なことが書かれていた物もあったが、効果が本当にあるのか分からず、実際にそれをやっても魔法を使えるようになるのが一握りの者だけという魔法書もあった。
つまり、才能に左右される不確かな存在だった。
実際、彼らはその魔法書による学び方をしても魔法を使えるようになれなかった。
「方法は具体的、表現に分かりにくいものは無い。ただ人の才覚に頼るのではなく、誰でも魔法が使えるようになる魔法書とは、なぁ。
ただ、内容の分かり易さはともかく、真偽の確認はしたのか?」
「はい。私自身で証明済みです」
このよに、とシャリーが実際に≪灯火≫の魔法を使ってみせると、バルトルトは目を見開いて驚いた。
彼女が魔法を使えるようになったのはこの魔法書に書かれた内容を実践してからほんの1週間。魔法教育関連の革命であり、脅威としか言い様のない成果であった。
イルムは、ゲームの魔法使い系初期職「マジシャン」になるのに必要な前提条件であったが、何をして何が出来るようになれば魔法を使えるようになるかを知っていた。
その内容の正しさは、ルーナとネリー、ジャンの三人で証明済みだった。
だからこそ、他の人間にも適用できる魔法書が完成したのである。
「そこまで期待していなかったが、予想以上と言うより、ここまで扱いに困る物ができあがるとは思ってもみなかったぞ」
そしてこの的確な魔法書は、表に出ればこの世界の魔法事情を一変させる事が確定している。
百人や一千人に一人いれば良い方だという戦闘に耐えうる魔法使いが、簡単に量産できてしまうからだ。間違いなく戦場の様相は一変するし、その元となったこの魔法書は隠しきれない。数年程度であれば隠せるかもしれないが、十年後は絶対に秘密が暴かれる。
この世界の情報拡散能力はとても低いが、イルムの魔法書にはそれだけのインパクトがあるということだ。
魔法使いが増えれば生活が豊かになる、戦場で有利になる。
その程度の話で済めばいい。
だが、誰でも魔法が使える社会というのは危険極まりない。今は魔法使いの数が少ないことを前提にした社会なのだから、それは当然だ。
魔法が使える者が多くなることにより治安は悪化するだろうし、既存の法では対処できない案件も増えるだろう。
魔法は、限られた者だけが使えるからこそ制御されているのだ。
そこまで考え、バルトルトはようやく己の間違いに気が付く。
これまでの魔法使い達は、それを憂慮して自制していたのだと。
中には狭量さゆえに自分の知識を隠匿した者もいたかもしれないが、安易に魔法を広める危険性を理解していた者も多かったことから、魔法があまり広まっていないのだと。
「これは封印した方が良いかもしれないな。
だが――書き手はどうしたものか」
望まれたからこそ、己に出せる最大の結果を出そうとしたイルム。
彼は確かに誰もが認めざるを得ない結果を出そうとしている。
しかし、その結果が最善に繋がるとは、誰も保証していなかった。




