クリフ
「クリフ、今日はアタリだ!」
イルムは普段、家業の手伝いという事で小さな畑を耕している。
親が自警団の団長であっても多少はそういった生産活動をしないといけないのが田舎であり、流通が弱い世界の常だった。
ただしイルムの家の畑は小さく、副業、内職の類なのであまり時間がかかるという事はない。
では、それ以外の時間は何をしているというと、主に訓練と狩猟である。
森は広く、鹿や狼のような害獣が出るし、兎なども無視できない。
柵を使って害獣から畑を守っているが、それでは手が届かないところがどうしても出てくるのだ。
イルムは覚えた技を使う相手が欲しかったし、狩った獣の肉は村の貴重な食料になる。だからちょくちょく狩りに出かける。
数日に一回はそこそこ大きな獲物を見付けてくるので、イルムは村で重宝されていた。
「今日は猪か。またデカいのを狩ったなぁ、おい」
この日、イルムは
イルムが獲物を持ち込む先は、村の肉屋のクリフの所だ。
クリフは肉屋の跡取り息子で、イルムより2つほど年が上になる。年上ではあるが、イルムより少し体の小さい少年である。
ただし、腕っぷしで言えば子供たちの中で頭一つ抜きんでていて、ガキ大将といった立ち位置になる。
イルムのことを生意気ではあるが見どころのある奴と見ていて、何かと気にかけてくれる面倒見の良い兄貴分であった。
この日、イルムは体長1mぐらいの猪を狩っており、それをクリフの所に持ち込んだ。
とても硬いはずの頭を強く打ち付けられ一撃で殺された、とても状態の良い猪だ。
猪は何の訓練もしていない人間であればまず勝てない相手であるが、この世界ではある程度鍛えてスキルを覚えた戦士たちであれば楽に勝てる相手でしかない。
イルムぐらいの年齢であればそれが出来るのはまだ早い方だが、そこまで珍しくも無い。無手でもなんとかなるのだ。
なお、一番難しいのは獲物を見付ける事だったりする。
「よし、ちゃんと冷やしてあるな」
クリフはイルムから猪を受け取ると、体に手を当て状態を確認する。
猪はイルムの魔法によりしっかり冷却されていて、すぐに痛まないようになっている。
獣を狩った後は血抜きをするべきという話もあるが、それは土地によっては間違いである。
血を抜くのは血が腐りやすいからであり、イルムがやったように冷やすことができるなら血はむしろ残しておくべきものなのだ。魔法が使えなくとも、川にしばらく晒して冷やすだけでも十分である。
イルムたちにしてみれば血も貴重な栄養源であり、それを余すことなく使う方が美徳とされる。
クリフは血を専用の瓶に移し、それが終わると皮を剥ぎ内臓を取り出す。
そしてクリフは手際よく肉を切り分けると、それを手伝っていたイルムに大きめの塊ひとつを常備してある葉っぱで包み、手渡した。
「とりあえずの手付な。残りは何にするか考えておいてくれ」
村の生活は自給自足の物々交換が主流であり、貨幣経済の外にある事が多い。
クリフは猪の肉や毛皮を売って、それで穀物などを手に入れる。
手間賃として肉や小麦などを少し抜き取りはするが、基本的には狩った本人であるイルムの意向を優先する。
なので、イルムに何が欲しいか、何と交換すればいいかを決めるように促した。
「じゃあ小麦で。他はいいや。任せるよ」
「いいのか?」
「うん。たまには点数稼ぎをしないとね」
「ああ、そういう事か」
村の生活は自給自足であるが、仲間内の助け合いも重要だ。
イルムは多少譲歩し、恩を売っておこうと言っているのである。
そういった事は本来大人――15歳から大人と見做される――のやる事であり、イルムの年齢でそこまで考える必要はない。
クリフはそれを指摘するが、イルムの返事を聞いて、イルムが親と仲が良くないというのを思い出す。
親に自分を認めさせる一環だと判断したのだ。
それなら気にすることは無いかと、クリフは気にしないことにした。
イルムに限らず、どこでも親子の仲が良好であった方が良いのは間違いないのだから。
今日は家には父と妹が自分の帰りを待っている。
イルムはおよそ2㎏の肉の塊を手に、家に向かって歩くのだった。