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折れた翼の英雄譚  作者: 猫の人
3章 英雄の台頭(王国歴145~148年)
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裏切者(前)

 ダーレンの領内に入って4日目。

 サーベリオン軍は、ようやく領都ダーレンにまで軍を進めた。


 ここまで全く戦闘が行われておらず、道中にあった村々はすべて占拠済みとなった。

 もっとも、占拠したと言ってもまだ仮の支配でしかなく、ダーレンを落とさなければ結局は奪い返されるだろう。


 ダーレンの領主は領都に戦力を集中させているという報告が上がっており、一戦で決着が付くと言われている。



 ダーレンの目前まで軍を進めはしたが、すぐに都市を相手にする戦闘になるわけではない。

 宣戦布告を行った後、互いに軍の代表者が口上を述べ、1日の猶予が与えられる。その猶予の間に降伏を促すという訳だ。


 公爵の組織したサーベリオン軍に対し、ダーレンの軍は伯爵の組織した軍でしかない。

 サーベリオン軍は5つある騎士団のひとつしか動いていないとはいえ、総兵力で言えば騎士に兵士を合わせ5倍近い数を動員しており、士気と練度ですらダーレン軍を上回っている。

 そういう訳で、ダーレン側は援軍のアテが無ければ降伏してもしょうがないと言われるだけの戦力差があった。



「降伏、しないだろうなぁ。

 むしろできない」

「したら凄い名君ですね、ダーレン伯爵」

「自分の命で部下を守ろうとするって事ですからね」


 だが今回は、伯爵が降伏しないと誰もが思っている。

 伯爵は公爵を一度裏切っており、その腹心、懐刀とも言われた騎士団長のジャック卿を殺している。

 戦場の習いとはいえ、降伏しようとも伯爵の命だけは助からないだろう。出来るのは、部下の助命嘆願までだ。


 そうなると、降伏するとは誰も思えなかった。

 前回のような奇跡が起こることを期待し、一縷の望みに賭けて戦いを挑むだろうと。






 ダーレンから4㎞離れた草原。サーベリオン軍の野営地。


 物資を狙い夜襲をかけに来るなら今日が最後と、夜になっても警戒は薄れない。

 陣地設営の間は特にすることも無かったイルムたち3人だが、ちょうどイルムひとりが不寝番、夜警の当番になっており、部下数名と一緒に巡回を行う予定であった。



「周辺、怪しい気配はない。次の場所に行くぞ」

「「はい」」


 巡回中のお喋りは基本、禁止である。物音を聞き逃さないための配慮だ。

 口を開くのは指示を出すとき、それに返事をするときだけだ。それもできるだけ小声で行う。


 こうやって一緒に行動させることで仲を深めろという配慮をされているわけだが、あまり効果は無いよな、と、イルムはそんな雑念を抱えながら巡回をしていると、ふと怪しい臭いがし出したことに気が付いた。


「全員この場に待機。

 ――周辺に敵はいないが、何か仕掛けられている。手を口に当て、ゆっくり戻るぞ」

「「はい」」


 おそらく毒だろうと、イルムは臭いに当たりを付ける。

 自分は特に問題ないが、部下たちはアウトだからと、撤退を決める。


 周囲に敵はおらず部下もちゃんと返事をしたので、イルムはそこでほんの少しだけ油断してしまった。


「隊長」

「なんだ? 今は任務中だぞ」


 部下の一人、16歳と隊の中でも特に若い娘が、イルムの腕を捕る。

 もう片方の腕を、18歳とこれまた若い部下が捕まえた。


「お前ら」


 さすがにこれをおかしいと考えないはずもなく、イルムの声が低くなる。

 そのタイミングで、イルムの両腕に針のようなもので突かれたような、チクリとした痛みが走った。


「申し訳ありません、隊長」

「私たちの恋人を取り戻すには、この方法しかなかったのです」


 イルムは何も言わない。

 が、部下の方は罪悪感からか、勝手に自分たちの事情を喋り出す。


「殺されたことになっていますが、私たちの恋人は、まだ生きているんです。ミルグランデ側に捉えられているんです。

 借金をしてでも保釈金を支払うつもりでしたが、敵から言われたのは、夜の警備網に穴をあける事。お金で解決させる気は無いと言われてしまいました」

「隊長には申し訳ありませんが、私たちは隊長の情報もあちらから頂いているの。で、隊長も確保しておけって、ね。

 この毒は即効性だから。もう動けないでしょう? 諦めてくださいね」


 彼女たちは自分の手を広げてイルムに見せる。

 その指先には、毒針の付いたキャップが填められている。



 なるほど、と、イルムは思う。

 恋人を亡くした女性ばかりを集めた部隊は、敵側に通じている内通者を炙り出すためだったらしい。

 領内に置いて情報を流されるより、外に連れ出して情報を与える方が動きやすいだろうと。要は、敵が彼女たちを使いやすい状態にしたのだ。

 こうなると、騎士団長たちの誰かは最初からこれを想定していたと見ていい。


 そもそもダーレン伯爵はサーベリオン公爵陣営だった男だ。彼女たちの中には顔見知りもいるだろうし、渡りをつける手段も持っているだろう。手駒にするための餌さえあれば、色気を出して裏切者に仕立て上げたとしても不思議ではない。

 通常の捕虜は金を払えば開放するのが常だが、伯爵は使えそうな騎士をこっそりと生かして餌にしたのである。


 人質作戦は単純であるが、効果的だ。

 対象が若い娘であれば、愛し合っていた恋人を餌にしただけで簡単に寝返るのだから。

 これが使命感などを強く持つ、母親になった女性相手では難しかったかもしれないが……。その場合はむすこをつかうのだろうか? 嫡男であれば貴族夫人であれ手を汚すかもしれない。





「それでは失礼します」


 動かないイルムに満足するまで語り終えた2人の部下は、縄を取り出し、イルムを縛るのだった。

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