イルム
ヴァルナス王国のミルグランデ公爵領、いくつもある森に面した村で生まれたとある少年、イルムには誰にも言えない秘密があった。
それは彼が転生者である事だ。
また、その彼の前世知識によれば、この世界は彼がプレイしていたゲームと同じ世界であり、彼が主人公として転生していた事。
戦術シミュレーションRPG『エターナル・ブレイブ・ファンタジー・タクティクスⅣ』。
通称『ブレタクⅣ』。
それがそのゲームのタイトルだ。
途中までは人気作、しかしいろいろな要素を詰め込み過ぎて駄作になってしまった、シリーズに終止符打った存在。
最初は戦術系シミュレーションRPGだったのが、徐々に国家育成系戦略シミュレーションになってしまったというタイトル詐欺作品。
シナリオがダークというか、救いが無いシーンが多かった事もプレイヤーに叩かれた理由だった。人気のあったヒロイン格が途中で絶対に殺される事が分かった時は、多くの掲示板が炎上するほどであった。
多少ご都合主義でも、シナリオの一つに救いを混ぜていれば良かったのだが……。
とにかく、そんなゲームの情報を彼は持っている。
「イルム! また剣の稽古をサボったな!」
「……そのかわり、魔法が使えるようになったし。遊んでたわけじゃないよ」
「何事も中途半端だと言っているんだ、父さんは。剣も魔法も、片手間でやっても意味が無い。魔法を使えるようにと言ったが、イルムは魔法使いを目指しているのか?」
「そうじゃないけどさ。出来る事は多い方が良いし。剣と魔法のどっちかだけだと、つぶしが利かないじゃないか」
「そういう事は、何か一つでもまともに出来るようになってから考える事だ。お前にはまだ早い」
12歳のイルムは父であるバルバスの元で剣を習っている。
だが、彼はお世辞にも良い生徒では無かった。
イルムの父であるバルバスは、現在35歳。村の自警団で団長をしている。
黒髪に彫りの深い顔立ち、大柄で筋肉質な体はどこでも目立つ。
妻に先立たれそれを機に王都から辺境の村に引っ越してきたという触れ込みで、前職は騎士であったという。村でも一番の巨躯を持ち、高い技術に裏打ちされた剛剣を振るう姿を見れば誰もが納得する。
高い戦闘技術に実直な性格も相まって、村の誰からも信頼されている頼れる男だ。
そんな実父を持つイルムの体も12歳という年齢を考えるとやや大きめであるが、それでもそれは子供の体。
バルバスと比べれば頭二つは小さい。体の完成度はまだこれからだ。
付け加えると、顔はそこまで似ていない。母親似、らしい。
イルムはバルバスから剣の訓練をするように言われている。
が、イルムはそんなバルバスの言い付けに従っていない。
「とにかく剣を振り、そのための体を作れ」という父の言い付けよりも、自身の記憶にある情報を元に効率の良い訓練をするからだ。
ブレタクⅣのスキル習得手順は前提となるスキルを覚えて鍛え、順に積み上げていくタイプだった。中には初期から複数の前提スキルが必要なものもあり、それを考えると広く浅く覚える方が効率が良かった。
出来る人がいるのだから父の言うとおり一つに専念してもスキルを覚えず戦えないなどという事は無いのだろうが、多数のスキルを早く覚えて戦う方が効率が良いというのがイルムの認識だった。
実際、イルムは記憶通りのスキル習得手順を踏む事で新しいスキルを使えるようになっている。情報の正しさが証明されている訳ではないが、結果は出している。
ステータスボードなどの証明手段は無いが、実演する事は出来るので、成長の実感がイルムにはあるのだ。
イルムは他の子供よりも短期間で、駆け足のような速さの成長をして色々と出来るようになっていた。
そうやって結果を出していようと、父として言うことを聞かない息子は悩みの種だ。
イルムがなんだかんだ言って多才であり強くなっている事は分かるが、その才能を剣にのみ費やせば、という思いが拭えない。
家の手伝いなどはしっかりやっているので見捨てるほどでは無いが、バルバスがイルムのことを面白くないと考えるのはしょうがない。周囲が「その年頃の息子は親の言う事に反発するものだ」となだめる事になる。
だから親子関係はあまり良くない。
とにかく、イルムには人に言えない事が多い。
主人公の近くで起きるいくつもの悲劇もまた、迂闊に口に出来る内容では無かった。
一般的な人の情として、知人の不幸は回避したい。だが下手に口にすれば、自身が原因扱いされかねなかった。
なので、子供のイルムに出来たのは自分を鍛える事だけであった。
とにかく悲劇的な出来事を回避したければ、自分が強くなれば良い。
強ければ襲われても返り討ちに出来るし、ゲームと違って「絶対倒せない敵」は存在しないはずである。
たとえ何も起きなくても強くなる事は無駄にならない。
イルムは周囲が思っている以上に強くなる事に貪欲な子供であった。が、周囲には移り気で飽きっぽい、口だけで落ち着きのない子供と思われている。
能力が高くとも、人格面で信用されていない所がある。
それは「運命の日」まで変わらなかった。