徴用交渉・前
「基本、戦争には関わりたくないんだよ。
盗賊退治で飯が食える。貯えもある。それをひっくり返す材料がどこにある?
少なくとも、兵士になる理由が無いから、ならない。兵士になりたくない理由があるから、なる気が無い。
前提条件からして無駄だと思うんだけどな」
イルムは、軍のお偉いさんだという男と顔を合わせて話をするところまでは了承した。
が、兵士になろうという気は全く無い。顔を合わせるのは、仲介者であるジャンの顔を立てただけだ。その後の流れを保証していない。
付け加えるなら、愚痴もかなり漏らしている。
相手が居丈高に来るだろうから気が重い。
敵対的な者と話すのが楽しい人間など、そうそう滅多にいないのである。
ジャンとしては、誰が交渉相手に来るか分かっていない。
せめてイルムと喧嘩をしない人間が来ることを祈るばかりである。
――自分はちゃんとイルムの情報を報告しているのだから、それにふさわしい人を付けてくださいと己の信じる軍神に祈っている。
コンコン、と控えめなノックの音が聞こえた。
イルムたちは話し合いをするために軍の施設にある会議室へ通されたのだが、そこで待つこと10と数分。
ようやく話し相手が来たようである。
「始めまして、イルムさん」
現れたのは、20歳になるかどうかの歳若い女性。佇まいが綺麗で、長く伸ばした髪を持つ美しい人である。
それはジャンとも面識のある、軍務系伯爵家の令嬢だった。
「後方支援の物資搬送部隊?」
「はい。基本は直接戦わず、戦場後方にて軍の使う物資を管理するお仕事です。装備の点検や支給のほか、食事の用意など糧食の一括管理をしていただきたいと思います。
もちろん敵も物資を狙い襲ってくるでしょうが、そこは別の防衛部隊を設置します。やっていただきたいのは本当に後方支援のみです」
シャントリエ、シャリーと名乗った女性は仕事の説明をする。
イルムが受け持つのは、後方支援部隊。
荷駄隊、補給部隊、炊き出し部隊など。そういった任務を請け負わせるつもりらしい。
そしてニコニコと話す彼女は、もしイルムが軍属になった場合は部下として配属されるという。
この段階でイルムは嫌な顔をしている。
なぜ、という思いが強く出ている。
通常、こういった部隊は金銭と物資の管理を行うため、信頼できる人間にしか任せない。外部の人間を使うなどありえないのだ。
ジャンでもおそらく役者不足。もっと年上の、軍の上層部ともやり合える人間が成るべきである。
付け加えるなら、軍とは男社会であり、女性と言えば売春行為を行う街唱と呼ばれる女性ぐらいだ。
そういった種類の人間ではないシャリーが下に付くこと自体、眉をひそめる事である。
さすがに貴族令嬢が体を売るなどありえないだろうが、そうなると別の思惑があるという事であり、それが分からないというのも気持ちが悪い話だ。
イルムは完全に話を断る方向で頭を使っている。
シャリーは、話を断られるだろうというジャンの忠言を聞いたうえで会話に臨んでいた。
実際にこうして話をしてみた結果、興味が湧かないどころかどうやって話を断ろうと考えられる始末である。これはそうとう拙いと、必死に考える。
目の前の実力者は、金と異性に関しては完全に満たされており、出世欲や郷土愛なども見当たらないと聞いている。
攻略の糸口が全く見えない。
だが、彼女には諦めきれない理由があった。
それは、先の戦いで結婚間近の恋人を殺されたからだ。その復讐に関わるためには、目の前の人物をどうしても口説き落とさなければならない。
もしもイルムを口説き落とせるなら自分の身を差し出しても構わないとさえ思っている。それは逆効果だと念を押されているので言いださないが。
軍との密約の結果、掴んだ可能性に自分のすべてを賭けているのだ。
そうしてシャリーは自分が何を相手に差し出せるかを必死に考えた結果、椅子から立ち上がり床に膝をつく。そうして服が汚れるのも構わず額を床にこすりつけた。
土下座をしたのである。




