幕間:クリフとウノ
イルムの妹、ウノ。
イルムの友人だった男、クリフ。
二人は夫婦となり、元いた村から少し離れた、別の村に移住をしようとした。
が、その願いは叶わない。
「悪いな。この村に解体職人はもう要らねぇんだ。余所、当たってくれや」
「そうですか。御時間を取っていただき、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
端的に言えば、どこも仕事が無かったのである。
クリフは肉屋、解体職人としてこれまで研鑽を積んできた。その腕はどこでも通用するものであるが、他のどこにも、同じぐらいの腕前の職人がいた。
しかも、その現地の職人は次世代をちゃんと育成しており、クリフの入る空きがない。
更に悪いことに、クリフは肉屋の仕事に特化しすぎていた。
これはイルムが村にいた影響で、常に肉屋の仕事があったからでもある。普通の村の狩人は、そう毎日、獲物を持ち込まない。持ち込めない。イルムが毎日のように獲物を狩れたのが異常なのだ。
その為、余技が全く無いクリフは他の村での就職に苦労する。イルムが狩りをしだす前までは多少の心得があったが、今ではその技もさび付いている。
他の仕事ならいくつか空きがあったのだが……残念ながら、新しい仕事をほぼゼロから再スタートしては食っていけないのだ。
「すまん、ウノ。またお前には苦労をかける」
「いいのよ。夫婦って、そうやって支え合うものでしょう?」
二人が飢えないのは、妹のためにとイルムが渡したいくつかの小物があったからだ。これを売り払って得たお金から旅費を出し、なんとか食いつないでいる。
裏切られ、クリフに思うところがあったイルムだが、妹のウノが不幸になるのを見過ごすほど心が狭いわけではない。妹の幸せを願い、お金に困らないように配慮するだけのゆとりがあった。そのお金で妹が何をしようがイルムは気が付かないふりをする。
クリフはそんな風にウノに頼り続けることを、重荷に感じだしていく。
「やはり、今からでもイルムのところに行った方が良いんじゃないか? 悪いが、俺ではイルムのように君を守り切れない」
そうやって村を流れ続ければ、心が徐々に摩耗していく。
疲れ切ったクリフはそうやって愚痴をこぼすようになっていった。
仕事は何も出来ない。ただ年下の少女に養ってもらっているだけ。
持っている技も振るう機会が無くなりさび付いていく。これから先を思うと、気分がどんどん滅入っていく。
かつて「出来る男」「みんなの兄貴」と呼ばれたクリフだが、心が病んで落ち込む姿にその面影は残っていない。小さな世界から追い出され、世界の広さに上を見上げることしかできない、歩みを止めた男がそこにいた。
ウノはそんなクリフを見ても揺らがない。
「大丈夫」
あえて、何が大丈夫かは言わない。
「私は貴方の隣にいると決めたの。だから大丈夫。
今は不安に思うかもしれない。だけど、私を信じて。きっと、何とかなるから」
何の具体的な話もしていない。
だけど大丈夫だと繰り返し、クリフに微笑みかけるウノ。
ウノ自身も、将来に不安が無いわけではない。
ただ、それでもクリフについて行くと自分で決めたから。だからウノは胸を張って、クリフを選んだことに後悔をしない。
二人で歩き続ければ、きっと人並みの幸せを得られると信仰している。
そして、そんなウノに励まされ、クリフは危うい道に落ちること無く、なんとかまっとうな道を歩き出す。
二人はそのままいくつもの村を流れるのだが、いくつかの幸運に偶然が重なり、サーベリオン公爵領からすぐ近くの村に移住することになる。
クリフは運良く肉屋の仕事を見付け、ウノは村の女衆に混じり機織り仕事をするようになった。
彼らは生活は苦しくとも、ごく普通の村人として、新たな生活を得たのだ。
それは軍靴の足音が聞こえ出す、王国歴147年の春のことであった。




