エピローグ:徴兵命令
「結局、公爵様は討伐軍を送らないんだね」
「ええ。軍の再編を行わずにそれを行えば、無駄に戦力を消耗するだけです。
やるからには勝つための戦力を動かしますし、ならば今年いっぱいは軍の再編に使うでしょう」
イルムたちとジャンは、今後の話し合いを行っていた。
イルムたちはジャック卿の提示する仕事で動いていたから、その雇用主が居なくなったので支払いやら次の仕事など、詰めておかねばならない話が多くあったためだ。
報酬の支払いに関する話を終えた4人は、今度は近況を整理し、今後の展開について話題を移していた。
「ですが、それでは面子が立たないのでは? 動かせる軍が全く無いわけではないでしょうし、冬攻めをした方が良いのでは?」
「なんで春まで待つの? 冬に攻めればいいじゃない。お仕事、止まっちゃいますよ」
今は秋。
春まで軍を動かさないだろうと言ったジャンに対し、双子が疑問をぶつける。
通常、戦争は冬に行われる。
兵士である平民は大半が農民で、彼らが暇になるのが冬だからだ。
その他の時期に軍を動かすと、農作物に大きな影響が出る。それは農業主体のサーベリオン公爵にとって不利となる案件だ。
今回の戦争で春から秋にかけて軍を動かした事も含め、疑問が残る。
「負ける可能性が高い戦を仕掛けるのは得策じゃないのが一つ。
自分たちよりも相手に出血を強いるのが目的だから、相手の収入を削りたいので二つ。
何よりも、攻められてボロボロになったダーレン周辺を相手に復興してもらいたいんですよ」
「「へぇー」」
疑問に対し、ジャンは指3本を折りつつ説明をする。
その流れるような説明に双子は驚きの声を上げ、感心している。
そしてそれを隣で聞いていたイルムは、口に出されなかったもう一つの理由を思い浮かべる。
本来、この戦争はサーベリオン公爵側が勝つことで終わるはずだった。
その想定はミルグランデ公爵とも共有されており、半分出来レースだったはずである。
なぜか?
ミルグランデ公爵は、ダーレンを自国領土に組み込みたくなかったからだ。
もともと、ジャンを狙った事でジャックが出てくるところは想定内。
もしも本気で勝ちたければ、相応の戦力を差し向けていないとおかしい。それぐらいは誰でもわかる理屈だ。
つまり、ダーレンを離反させたのはサーベリオン公爵の勢力を混乱させると同時に、多少の援軍で場を混乱させ、被害を拡大させるところまでが彼らの戦略だった。
それがダーレン伯爵が勝ってしまった事で、ミルグランデ公爵はダーレン伯爵を仲間に組み込まねばならなくなった。
当然、ジャンが言う様に荒れてしまったダーレン領への補償が必要だし、今年は収入を得る機会を失ってしまったために得たものが非常に少ない。完全な赤字である。
ダーレン伯爵を裏切らせるために出した提案も、負ける前提であれば多少高く見積もってもよかったわけだが、勝ってしまえば約束を守らねばならず、非常に面倒くさい。
長期的に見て数年かければ黒字になるだろうが、短期的に見れば全く美味しくない結果となったわけだ。
付け加えると、ダーレン領のうち3分の2は奪われたが、残る3分の1はサーベリオン公爵側が確保している。
戦争の初期に勝ち取った分があるし、裏切りを嫌ってダーレン伯爵に従わなかった村などもあるのだ。
また、ダーレン伯爵は新参で、ミルグランデ公爵の内部ではその扱いも面倒だ。
新参者は爵位や重要度を通常よりも一段低く見積もる。裏切者であればもう一段下がるかもしれない。
その低い扱いは、功績としてジャック卿を討ち武勲を上げた事でどこまで相殺するだろうか。
ダーレン伯爵には徐々に不満が蓄積していくだろう。
また、騎士団が派遣されたことで、その戦費の負担をどうするのか。
負けていれば内部の問題であると同時に責任の一元化がされるので、公爵本人が責任をもって払えばそれでいい。
ただ、ダーレン伯爵が加わったことで伯爵にも戦費の負担を要求しようという動きが出るなど、内部分裂の火種が生まれ始めているはずだ。人間は派閥を作るし、集団が大きくなればさらに派閥は細かくなる。一枚岩ではいられないだろう。
戦費というか功績の話でもあるが、派遣した騎士団がいたからこその勝利であるからと、そちらに褒賞を出す必要もある。
当然、この件でもダーレン伯爵は揉めるだろう。
きっと送り込まれた騎士たちは負け戦の騎士に選ばれたぐらいだし、ミルグランデ公爵も扱いに困っていた連中である可能性も高い。火種はより大きくなる。
言い方は悪いが、ミルグランデ公爵にとって、今回の戦争は負けた方が都合が良かった。
イルムはそう結論付ける。
「そうそう。
イルムたちには悪いが、君たち3人は軍に編入される。これが令状だ」
しばらくジャンは双子の疑問に答えてきたが、双子の方も満足したのだろう。腰を落ち着け、カップを手に取り飲み物を口にした。
そうしてジャンと双子の話が一区切りついたところで、ジャンが一枚の紙きれを持ち、彼にとっての本題を切り出した。
イルム傭兵団への、徴用命令。
サーベリオン公爵の都合により、イルムたちは自由な傭兵団から規律を求められる軍属へと立場を変えたのだった。




