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折れた翼の英雄譚  作者: 猫の人
2章 傭兵団の始まり(王国歴142~145年)
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ジャック卿

 ジャンをサーベリオン公爵領の公都に連れて行くだけの仕事は、非常に簡単だった。

 あれから追手がかかることは無く、4人は何の苦労も無くジャック卿――ジャンの父親は騎士のサー、領地は無いが子爵の貴族位持ちである――に何があったかを報告できたのだ。



 貴族位だけで力関係を言えば、ダーレンの領主貴族は伯爵で子爵のジャックに勝る。

 しかし役職が公爵直轄の騎士団長なので、一介の領主と騎士団長のどちらの意見を優先するかと言われると、騎士団長の方が上である。騎士団長の扱いは公爵の領地内では侯爵並みになるのだ。


 このあたり、非常に分かりにくいのだが、爵位がそのまま力の上下関係を作るわけではない。

 実際の保有する力関係の方が重要視され、同じ爵位でも地政学的な領地の重要性と保有戦力で全く話が変わってくる。同じ爵位どころか子爵が伯爵を超える事もある。

 爵位は納める土地で決まるため、一つの目安に過ぎないのだ。


 よって、ジャンが襲われたことでダーレン伯爵の裏切りが確定し、正式に軍を差し向ける事になった。

 もしもダーレン伯爵の重要性がジャックよりも高かった場合、ダーレン伯爵との裏取引でジャックが潰された可能性もあったりする。内々に話を収めるから裏切るなよ、という話もありえたのだ。


 一応、これはゲームと同じ展開であったため、イルムはそこまで考えて動いている。

 これが他の、ゲームに無い展開であれば襲われた誰かを無視しただろう。





「此度は、本当に助かった。

 もしも息子が捕まっていた場合、敵の取引に応じねば我らの士気が下がり、今後に強く悪影響を及ぼすところであった。

 心から、礼を言う」


 今回の報酬として、イルムは少なくない金銭を貰える事が決まった。


 報酬の一つに騎士への取り立てなども考えられたのだが、騎士と言うのは簡単になれるものではない。

 家柄などは元より考慮されないのだが、5年間の従者教育が必須であり、それを施した推薦する騎士が必要になる。

 これは能力的なものを保証するのと同時に、仲間との連携力が求められ、他国への裏切りを防ぐ意味もある。


 騎士と言うのは部隊長クラスの人間ではなく部隊単位で運用される専属軍人なので部隊間での協調性は必須だし、個人技はあまり求められない。

 それと機密性の高い任務に就くことが多いので、うっかり情報を漏らさないようにする訓練なども必須だ。

 戦闘能力以外で求められるものが多い。

 強いだけの人間を騎士にするなどありえないのだ。



 ただ、イルムの戦闘能力についてジャンから詳細な報告がなされており、手放すという選択肢はジャックには無かった。


「貴殿は元騎士の出身ではあるが、今は傭兵団を率いていると聞く。

 ならば、何か契約中の仕事はあるか? 無ければいくつか頼みたい仕事がある」


 イルムの傭兵団と言う立場を使い、仕事、契約で拘束する方針を打ち出す。


 これなら地位で拘束するような不自然な内容の無理強いではなく、ごくごく当たり前のビジネスライクな付き合いを保てる。

 また、長期の仕事を与える事でイルムの戦力と為人(ひととなり)を見極め、可能性は低いが密偵ではないという判断も付けられる。


 それに、実際に頼みたい仕事がいくつも積みあがっているから自分(ジャック)の負担を減らすことになるのだ。



「分かりました。まずはお話を聞かせていただけないでしょうか?

 我々だけでこなせる仕事か検討したうえで、お返事をしたいと思います」


 直接された貴族からの仕事の依頼を、平民が断ることはほぼ不可能だ。特に騎士団長などという有名人が依頼主であればさらに断りにくい。

 イルムはそれでも失敗する可能性を理由に判断を保留しますよ、と切り返した。

 シナリオ展開を知るイルムなら二つ返事で請け負っても問題ないだろうが、それでは不自然だろうからと、慎重な態度を見せる。

 どちらかと言えば、その態度の方が一般的ではないのだが、イルムはその事に気が付かない。



 こうして、イルムたちはジャック卿の下で働く事になる。

 お目付け役としてジャンが加わるところまでシナリオ通りだが、その他の部分が大幅にシナリオから外れている。


 その事にイルムが気が付くのは、ダーレンでの騒動が終わるころ、さらに半年の時間を要した。

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