盗賊娘
イルムたちは月に1回か2回のペースで順調に盗賊退治を繰り返していた。
融通が利かないと、現場での評判はあまり良くないが、それでも「盗賊団を潰せる実力者」として、正しく評価を得ていく。
なお、盗賊退治の際は、ルーナとネリーの二人も徐々に参加をしている。
人間は慣れる生き物だ。
すぐには出来なくとも、何度も現場に居合わせれば感覚がマヒし、戦えるようにもなる。
二人はイルムの指導の下、着実に対人戦闘に慣れて行った。
イルムがダーレンに来ておおよそ半年目の事。
いつものように、幾度か目の盗賊退治を終えダーレンへの帰りの途中。
森の中の街道を歩くイルムたちの方に、一人の少女が駆け寄ってきた。
ちょうど視界の悪い曲がり角から出てきた所で、少女はイルムに気が付くと、慌ててイルムに縋りついた。
「助けてください! 今、そこで男たちに襲われたんです!」
少女がそれを言い終えると、彼女を追ってきたように、二人の男が現れた。
どちらも革鎧に長剣と、しっかり武装している。
男たちに気が付いた少女は、イルムの背に隠れるように身を竦める。
男たちは少女の姿を探し、イルムの後ろにいる事に気が付くと、大声をあげて誰何した。
「そこの3人! その女の仲間か!?」
「いいや、違う! 今、顔を合わせたばかりだ!」
少女の仲間と聞かれたので、イルムは素直に違うと答える。
一瞬、イルムの背に隠れる少女が信じられない物を見たような顔をしたが、その顔をすぐに隠してイルムを盾にする。
「あの人たち、盗賊か何かです。私、道を歩いている所をいきなり襲われて――」
少女はイルムを味方に付けようと必死に言い訳を口にしようとするが、その途中でイルムは少女の肩を掴み体を裏返すと、そのまま右腕をとって捻り上げた。
「い、痛い! いきなり何をするんですか!?」
「あの二人、ダーレンの警備兵なんだよね。
じゃあ、警備兵に追われてた君は何なのかな?」
「え?」
「残念。彼らとは顔見知りなんだよ」
男たち、警備兵はイルムの顔を覚えていなかったが、イルムは男たちの事を知っていた。
盗賊退治の報告の時、何度か見た顔だったのである。
どちらの味方をするかと問われれば、もちろん男たちの方だと答える程度には相手の情報を持っていた。
実は、少女の方が盗賊だったのである。
「む、イルム傭兵団の団長か」
「はい。これはそちらに引き渡しますね」
今回はタダ働きで良いかと、イルムは盗賊娘を警備兵に引き渡した。
そのときイルムは、ゲーム情報をふと思い出した。
そう言えば、これ、ゲームでもあったイベントだな、と。
盗賊娘シャルティ。
本来であれば主人公を騙してこの場を乗り切り、あとで騙されたことを知った主人公となんやかんやあって仲間として参入する事もあるキャラだった。
ゲームでは評価が分かれる扱いのキャラである。
盗賊出身のため、仲間の中でも特にスピードが高く、行動回数が多い。半面、HPと物理・魔法両方の攻撃力・防御力が低く、回避能力が高い。
安定感はないが、人によっては主力級に育てる事もある。
盗賊をやっていたのは幼い弟妹を育てるため。
普通に仕事をしていては養う事が出来ず、綺麗事に唾を吐き、とにかく守銭奴と言うイメージが強い。
幼い家族を守るためだから盗みをしていた過去に目をつぶる、それでも盗賊なのだから裁きを。
彼女のバックボーンを知っても、嫌うプレイヤーはかなり大勢いた。
何も知らない日本であれば前者の意見寄りになるんだろうなとイルムは考えたが、普通に生きていくのも十分に厳しい今を知ると、彼女の身勝手さを許すことはできない。
イルムはそのように考えた。
彼女と弟妹が生きていくのに、盗みをしなければやっていけないのは分かる。
だが奪われた側がそれによって破滅し、死んでいく。
だったら清く正しく生きている方が生き残るよう、イルムは力を振るうだろう。それしか手段が無いからと言えど、他の誰かを殺し生きていくような真似を許す道理が無い。
もしも少女と知り合いであったなら別の判断を下したかもしれないが、イルムに見知らぬ少女を助ける義理は無い。
「お願い、見逃してよ! 私がここで捕まったら弟や妹が飢えて死んじゃう!!」
「はいはい、続きはダーレンで聞くから今は喋るな」
イルムの目の前で、ゲームの設定に沿った発言をする盗賊娘。
彼女の名前がシャルティであれば、ゲーム通りの話であり、本当の事だろう。
しかし、今は助かりたい一心で嘘をついているようにも見える。信じる根拠が無い。
ここで口を挟むこともイルムにはできただろう。
しかし、イルムはここでは何も言わない。助けようとしない。
「盗賊に荷を奪われた人も、それで生きていけなくなったんだろうな」
ぽつりと、そんな台詞がイルムの口を突いて出た。
ただ、その声は、盗賊娘に聞こえることなく、溶けて消えた。