王国の傭兵事情
イルムたち3人は街中で野宿をした後、あらかじめ周辺の酒場で調べておいた盗賊の噂話を頼りに動き出した。
傭兵団を作る前の実績作りが目的である。
通常の傭兵団というのは、ある程度戦闘経験のある平民が軍役を終えた後に集まってできる。
ただし、しばらくすると盗賊団に成り下がる連中であるが。
とにかく、兵役あけの人員は傭兵という道を選択しやすい。
彼らは兵役を終えた後に実家に帰ろうと、農家や商人、職人といった道を選べない。
彼らのほぼ全員が、農家や商家の3男坊以下だからである。
兵役に出る若い衆というのは、そういった、村で食い詰めた連中なのである。
村に帰ったところで兄に頭を下げて部屋住みとなり、結婚もできずに奴隷のように働かされる。
それを嫌がって独立しようにも、村にいては独立できるだけの仕事が無い。精々が自警団の真似事をやらされるぐらいだ。
それでいいと妥協できる者もいるが、そうでなければ兵役で鍛えた武力を使って傭兵になる。
傭兵になれば結婚もできるし、人間としての自尊心を保てる。そのように“勘違い”して傭兵団を結成する。
事実、兵役の間に彼らは傭兵と接し、その実像を目の当たりにしているのだから勘違いしてしまうのも無理はない。
実際には武器や防具の調達、戦場での作戦行動の立案と実行、雇ってくれる貴族との交渉などをこなせないと傭兵団は運営・維持ができない。
ただ暴れるだけで良い簡単な仕事など、どこにも無いという事だ。
そういった面倒ごとをできない者でも多少の目端が利く者は、兵役時代の伝手を使って傭兵団に“潜り込む”。
自分で傭兵団を作るより、その方が手軽だからだ。
貴族から今度は傭兵団の元で、また兵隊をするようなものだが、村に戻るよりはマシだと考える頭があるものはそうする。
独立した傭兵団を作るのは、しばらく一緒に生き残った同じ境遇の仲間が多く、誰かの下に付くのはもう御免だと、誰かの命令で命を捨てたくないと心に決めてしまった、哀れな下っ端たちであった。
そういった者たちの末路は、使い捨ての戦力として雇い主に使い潰されるか、やっていけなくなって盗賊になるかの2択である。
なお、彼らのような傭兵団の場合、兵役経験者という実績が信頼の担保になる。
長く続いている傭兵団の場合は、言わずもがな。
いずれにせよ、全くの無担保という事は無い。
では、イルムたちの場合はどうなるか?
考えるまでも無く全く実績が無い状態からスタートだ。
まずは周囲にアピールできるだけの実績が何よりも必要になる。盗賊団討伐は、分かりやすい実績でしかない。
「人と、戦うのね」
「人を、殺すのね」
「まぁ、二人は後ろに控えていてくれればいいよ。普通の兵隊レベルなら百人でも余裕、むしろ逃げられることだけを気にしないとダメって話だし。
あの時、村を襲った連中。あれはかなり強かった。あのレベルだと五人が上限だけどね。
あ。普通の兵隊レベルって、ダーレンの門番ぐらいの強さって事ね」
盗賊退治について、同伴者が暗い顔を見せる。
二人は、傭兵団をする事と、そのために人と殺し合う事に忌避感を持っていた。人殺しを厭わない、殺し合いの覚悟を決めているイルムの方が、この場合は異端である。普通、傭兵になる奴は兵役中に殺しの覚悟を決めるものだ。
理性では納得しているが、感情が付いてこずに頭を悩ませている。
イルムの方も、そんな二人の態度は想定の範囲内だ。どれだけ愚痴をこぼそうが、しょうがないと割り切っているのでストレスにならない。
むしろ、嫁二人が嬉々として人を殺せる性格でない事にほっとしているぐらいだ。
この度の間に、イルムはルーナとネリーを自分の嫁として扱っている。
本人の了解を得ているとはいえ、自分のやっている事に巻き込んでいるので、曖昧な態度をとらず、しっかりと責任を果たす覚悟で二人を嫁にすると決めた。
王国では一夫多妻は特に禁止されておらず、裕福な人間が複数の嫁を持つことは珍しくない。
と言うより、平民は結婚そのものが非常にあいまいなルールの上で成り立っていた。
婚姻届けを役所に提出するといった事も無く、ただ、結婚する当事者が周囲に「自分たちは結婚しています」と報告する以上の事をやらないのだ。
これが貴族であれば王家(もしくは公爵家)の承認を得るなど手続きも必要になるが、ほとんどの平民は何もしない。それをするほど、戸籍が管理されていないのだ。
ついでに、誰と誰が結婚するというのも曖昧なら、一夫一妻制に拘らないのもこの時代ではよくある話であった。
つまりある意味では口だけの話でしかなく、平民だとそれ以上は特にしないので、事実上は結婚する・しないというのは何も変わらない。
変化があるのは、それを口にしたことによる、イルムの態度の変化ぐらいでしかない。
……いや。若い男女が有り余る劣情を発散する、大義名分を得た事が、一番の変化であろうか?