幕間:公爵家の動き
アブーハ公爵邸にて。
先日までウノの確保に動いていた騎士達が戻ってきた。熟練の騎士数名を失うというヘマをしたあげく、手ぶらで。
「一体これはどういうことだ!?
娘一人、連れて来れんとは!!」
敵地にいるという王家の血を引く娘。
アブーハ公爵は前々から持っていた情報を頼りに、何年もかけてその娘の居所を特定したのだ。
そしてようやく動いたのだから、万全を期していたということだ。少なくない費用と十分すぎる数の人員が費やされたというわけだ。
なのに、失敗したという報告を受けた公爵家の騎士団長は激高していた。
普通に考えて、そこまで難しくない任務であるし、相応のコストをかけたのだからと、公爵自身も失敗しないことを前提に今後の戦略を立てていたからだ。
報告する騎士団長は胃が痛くなり、腹を思わず抑えてしまう。
「しかし、あの場に残っていればこちらの被害が想定よりも酷くなる。あの場は撤退する他なかった」
「ただの田舎の村だろうが! 騎士崩れにやられた部下はしょうがないにしても、数人単位で外に人を出せば済む問題だったはず! 人事を尽くさぬ貴様の手抜きの理由など、何のいい訳にもならんわ!!」
騎士団長にしてみれば、ただの村人として生きているはずのイルムの脅威度が低いのもしょうがない。
15歳の少年が何年も騎士として鍛えられてきた自分たちよりも下なのは当然であり、負ける要素など無いはずだから、騎士3人を一隊にして周囲を巡回させれば何とでもなると騎士の意見を一蹴する。
ただ、現場にいた騎士はイルムの評価をそこそこ高めに見積もっていると同時に、戦場に出てきた人間特有の勘で、それは拙いと感じたのだ。
実際、騎士団長の言うようにしていた場合は騎士の想像が現実のものになる可能性の方が高かった。
全ては「たられば」の話。
現実は違う結果を出すことになった。
騎士は人事査定でマイナス評価を受け、しばらく部隊長の任を解かれることになる。
この騎士はアブーハ公爵とサーベリオン公爵との戦いにおいて最前線に出されることになり、数年後、イルムと再会するのだが、それはまだ先のお話。
アブーハ公爵が“王家の血を引く娘”を手に入れなかったことで、未来はゲームシナリオと大きく変わっていくのだった。
ミルグランデ公爵家は、なぜか領内奥深くに侵入した騎士の対応に追われていた。
この件は家宰が騎士と話を詰めている。
些事と呼ぶには不可思議な出来事であるが、公爵などに直接報告が行くほどの被害が出ていないため、下の者だけで話が止まっている。
領内でもそこそこ奥にある大森林、そこで林業を営む小さな村が襲われたというのだ。証拠として騎士の鎧が献上されたので、アブーハ公爵家の関与を疑う余地はない。
金属鎧というのは非常に高価なもので、あまり数を生産をしていないから、どこで作られたのかを調べるのは容易だったのだ。
敵対している公爵が相手となると、家宰、つまり公爵家のナンバー2が動く程度の事件であるという認識をされる。
ミルグランデ公爵家側としては、国境全てを完全に管理することなど出来ない。
街道の管理はしっかりとやっているが、それ以外の部分、森などは人の手の外にある領域なのだ。そこに人を張り付かせるというのは現実的ではない。
警備を密にしようにも、人手と金が全く足りなかった。
「それで、被害は村二つで済んだのだな?」
「はい。林業に関わる村が狙われました。他は、特にらしい被害がありません」
「分からん、一体何を狙っていたのだ? 農村で食糧を狙うならまだしも、林業の村など襲ったところで、即効性の高い戦果は得られんはずだが」
また、被害が微妙であった事も公爵側の頭を悩ませる。
ミルグランデ公爵の側は、ウノのことを把握していないために、村が襲われた理由が分からないのだ。
「まぁ、良い。ただの後方攪乱だろう。
近隣にしばらく兵を巡回させ、民の慰撫を行え。
それと、やられっぱなしでは士気に関わる。逆侵攻をかけ、圧をかけるぞ」
「はっ!!」
ミルグランデ公爵のメンツを保つために、領内の巡回と、小競り合い程度ではあるが軽い戦をする事が決まる。
たとえ軽い戦であろうと有限の兵士を動かすのだ。兵力捻出のため、サーベリオン公爵側への圧力を弱めてでも、アブーハ公爵領を攻める事になった。
ミルグランデ公爵がそう動いたことでイルム達がサーベリオン公爵領へと移動するのが楽になったのだが、そんなことは誰も気が付かない。
それが実を結ぶのは、あと3年先の話である。