その氏の価値は⑫
『魔王が処刑される』
この噂は、商人などの手により瞬く間に広まった。
サーベリオン公爵領の公都で行われる処刑には、大勢の人が詰めかける――と言う事は無い。
なぜなら、サーベリオン公爵が本当に魔王イルムを捕らえたのかという疑念があったし、近隣にあるサーベリオン公爵と敵対してまで敵対した領地の者にとって、そこはもう気軽に行ける場所ではなかったからだ。
遠方の領地に住む者はそもそも行こうという気にもならなかったし、処刑を遅らせ逃げられては大変だからと言われてしまえば反論もしにくい。
イルムの処刑は粛々と、こぢんまりとした規模で行われる事となった。
イルムが処刑されると聞き、急いで現れたのは家族達だ。
手紙を受け取ったルーナとネリーは子供を連れ、イルムを逃がそうとやってきたのだ。
「イルムが処刑される必要なんて無い!」
「私たちが処刑されます!」
最初は逃げて欲しいと懇願した妻二人だが、遵法精神の強いイルムはそれを拒絶した。
ならば犯人である自分たちが処刑されるべきで、イルムに身代わりなどさせられない、死んで欲しくないと二人は願い出たが。
「もう、決まった事だから」
イルムはその願いもはね除ける。
二人は自分よりもイルムを優先しようとしたが、イルムもまた、同じようにしたのだ。
そして公的な利益を考えてしまえば、イルムを優先するのは自明の理。
二人は復讐心を優先して仇討ちをした事を、心の底から後悔した。
どれだけ武力に優れようと、自儘に振る舞って良いわけでは無い。誰であれ、やっていけない事というのはあるのだ。
処刑場まで歩く中、イルムは一切の拘束をされず、周囲の敵意から守るように護衛に囲まれて断頭台まで進んだ。
途中で民衆から石を投げられもしたが、それらは防御魔法で跳ね返す。
そんな事をされる謂われは無いとばかりの、強気の姿勢だ。
実際、イルムの護衛に石が当たればそれは逃走補助と疑われても仕方がなく、石を投げた者は後でしっかりと捕まった。
家族と話す時間を得たイルムに、未練は無い。
処刑人の言葉に、端的に応じる。
「何か、言い残したい事はあるか?」
「無い」
「この世界に別れは告げたか?」
「ああ」
しかしさすがのイルムも、断頭台の前に立てば足が震える。
死にたくないという感情があるから、仕方がない。
死にたくないのなら逃げればいい。
そんな考えはイルムの中には少ししか無かった。全く無いわけではないが、それでも人としての矜持がそれを上回る。
自分の中の人としての部分が、胸を張って生きろと言うのだ。
罪を犯し逃げ回るのではない。
それは理不尽に抗う事とは違う。
自分の命を一番に置かず、もっと大切な者の為に命を使う事こそ正しいと言ってみせろ。
周囲の誰もが自分未満の、自分しか大切ではないような寂しい生き方は自分らしくない。
最期の一瞬まで人であれ。
最期の一瞬まで人としての在り方を守れ。
それがイルムという人間の矜持であった。
イルムの首が鉄の板で固定される。
そんな物を付けようとイルムの抵抗を防げる事は無いのだが、周囲へのアピールだ。
無知な者になら、視覚的な効果は大事である。
ギロチンの刃ではイルムが本気を出せば防げる威力しか無いが、イルムがそれを受け入れるつもりであれば、刃は通る。
断頭台など、その程度の物でしかない。
今回は一度だけイルムが抵抗し、ウノが演出で魔法を使ってギロチンが効くようにするというシナリオが採用された。
対外的・民衆向けの話であるが、イルムが魔王であるという証明の為にその様な事が行われた。
防げはするがかなり痛いギロチンの刃を、イルムは首で受け止める。
民衆の中にいたサクラが「魔王にはギロチンの刃も届かないのか!?」と驚きの声を上げ、周囲にイルムが本物の魔王であると喧伝する。
何も知らない者はその言葉に悲鳴を上げ、あたりが騒ぎに包まれた。
「悪しき守りよ、去れ!」
そこで魔王の最期を見届ける、見届け人の一人であったウノの言葉が民衆へと響き渡った。
そうして再び持ち上げられるギロチンの刃。
処刑人が刃に繋がったロープを引っ張り、再び処刑の準備が整う。
「今です!」
ウノが涙を堪え、処刑人に命令をした。
処刑人の手からロープが放され
ギロチンは自重により強い勢いで落下し
イルムの首を刎ねた。
王国暦158年。
歴史書にはこの年に、名も無き魔王が討たれたと記されている。
詳細は、残っていない。