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折れた翼の英雄譚  作者: 猫の人
9章 英雄とは死して完成する
132/135

その死の価値は⑪

 一体これまでのやりとりは何だったのか。


 ウノに交渉相手が変わった途端、あっさりと話が付いた事に、公爵親子は驚いた表情を見せた。

 ウノの方は、申し訳なさそうにしているだけで、こうなる事がハッキリと分かっていたようだ。


 このあたりは、互いの事をどれだけ分かり合っているかという話である。

 幼い頃に一緒に暮らしていた妹であるウノは、イルムの事を理解していたと言うだけだ。

 何年経っても変わらぬ兄との思い出は、今も色あせず記憶に刻まれているのだ。



「理解できん。が、こちらに下るという事でいいか?」

「妻の身の安全と引き換えに、だけど」


 立ち直った公爵がイルムに問えば、イルムは司法取引を持ちかけた。

 伴侶の罪を背負うから、家族は見逃せと。


 公爵はイルムもその妻達も同じぐらい危険であると思ったが、妻の方はイルムのように危険視されておらず、人質に使えるかもとしか思われていない。

 ならば家族は見逃し、イルムをどうにかする事、家族の暴発を防ぐようにと予防策を取るだけである。


「おぬしの家族の、身の安全は保証しよう。

 ただし、これまでの罪を見逃すのであって、今後を保証するものではないと知れ」


 イルムを大々的に処刑した場合、妻子が暴発する可能性がある事。

 それはこの場にいる全員が容易に考え得る事である。

 

「ああ。それで問題ない」


 イルムはあっさりと、その条件を受け入れた。

 イルムにしてみれば、「自分の命を奪おうとする連中に抗う事」は全く問題ない行為である。

 それは自分のみならず、誰でも持つ権利だと考えているのだ。

 ならば、「ルーナやネリーが公爵を襲った時に」「公爵が反撃する」のは当然の権利。

 一々やるなという事でもない。



 イルムは家族向けに手紙をしたためると、それをアレスに渡した。

 アレスは手紙を、大事そうに懐へ仕舞った。


 そうしてアレスは、イルムに一つの疑問をぶつけた。


「奥方があの県の犯人であると思っていたなら、なぜそれを我々に告げなかったのですか?

 犯人の隠匿は罪なのですよ?」

「犯人かどうかは確認していないから、全部想像の範囲なんだよ。犯人という証拠を他の連中が見付けて指摘した時なら、また違った行動を取るさ。

 それに、俺を犯人扱いする連中はいても、俺に犯人捜しの協力を依頼した奴は居ない。

 なんで俺が頼まれてもいない犯人捜しを、俺が犯人だと決めつける連中の為にしなくちゃいけない?」


 イルムは自分の中で誰が犯人かの確信を持っていたが、確認をしていない。

 だったら犯人を“知らない”のは事実であり、密告する義理もないなら口を閉ざす。


 確かに、法律の上でそれは罪ではなかった。

 アレスは疑いの目からイルムが犯人であると決めつけていた為、イルムを犯人捜査に狩り出さなかった事を後悔した。

 イルムを犯人捜査に加えれば、証拠隠滅の恐れがあったのだ。周囲の感情を考えれば出来る事ではなかったが、それもこれも、イルムと正しい信頼関係を作ってこなかった自分たちの責任である。



 アレスはイルムが非協力的であった事を恨みつつも、自分たちも一切の歩み寄りを見せなくなっていた事の愚かさを理解してしまった。


 もしも、があるなら。

 イルムと正しい関係を築き上げ、もっと違った未来があったかもしれない。



 全ては改めるに遅すぎた。

 アレスはそれが悔しくてしょうがない。

 もう、終わった話である。

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