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折れた翼の英雄譚  作者: 猫の人
9章 英雄とは死して完成する
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その死の価値は⑩

 ウノの問いかけは簡単だ。

 天秤の片方の皿にはイルムと妻子の命が乗っており、もう片方の皿にウノの命や文明的な生活が乗っている。


 イルムの中では貴族や王国民の命など皿に乗せる価値がない。

 守るべき誰かではないのだ、見知らぬ誰かの命にイルムは冷淡だ。

 ウノはその事を、正しく理解している。


 逆に、自分なら、クリフなら、イルムにとって守る価値がある人間だと胸を張って言える。

 ジャンやシャリーの命であってもそれなりに価値があるだろう。他の貴族よりは付き合いがあった。

 ウノはあまり知らない事だが、イルム達が近所付き合いをしていれば、その人たちも守るべき対象になれる。


 イルムは身内に甘いところがあるのだ。



「まぁ、それを言い出されると辛いな」


 イルムは椅子の背もたれに体重をあずけ、体から力を抜いた。

 ここにきて、どうしようかと迷う話になったからだ。



 ウノが自分の側に付くのであれば、話は簡単だ。

 連れて行って守ればいい。


 しかし、ウノはそれをしないだろう。

 それを言い出すなら、イルムが家族を見捨ててウノ達の側に立っても良かったのだ。他人のつながりを自分の都合だけで振り回せない。

 そこだけは、イルムも筋を通したい。


「それで」


 イルムは自分なりの妥協点を探るべく、ウノを見た。


「それで、ウノは俺に死ねと言うのか?」


 そこはイルムの中で譲る気のない部分だ。

 犯した罪に相応しい罰というならともかく、それ以外で死を受け入れるつもりはない。

 自己防衛をして出てしまった被害は襲ってきた連中に責任があるという認識でいるイルムは、今のところ「死んであげよう」などと考えない。

 なにせ、イルムは何も罪を犯していない。


「兄さんには、言わない」


 ウノはどこか言い難そうに、言葉を続ける。


「兄さんには、身代わりになって、って言う。

 本当なら、私が死んでってお願いするのは、義姉さんの方だから」


 とうとうそれを指摘され、イルムはため息を吐いた。





 アブーハ公爵の使者エルドラ。

 彼が殺された事件で、イルムは犯人ではないと公言している。

 では、誰が犯人なのか?


 イルム以外に目立った人間はいないが、イルム以外で犯行可能で、動機がある人間。

 それはイルムの妻である二人に他ならない。


 イルムのスペックは、知識に基づく正しい鍛え方をして得た物だ。

 これが誰でも適用される事は、魔法の習得関連ですでに証明済みだ。鍛え方さえ知っていれば、誰でも出来る事でしかないのである。

 イルムのそばにいた二人であれば、イルムと同じスキルを得ていたとしても不思議ではない。


 動機の方も十分だ。

 クリフと同じように、故郷を滅ぼされ家族を殺され、恨んでいないという方がおかしい。

 ウノ自身も義父を殺されているのだ、立場がなければ使者を自分の手で殺していただろうと自覚している。

 動機の面でもルーナとネリーはやりかねない。


 また、彼女たちには双子という特殊な立場がある。

 入れ替わりが出来るのだ。片方が残っていればアリバイすらどうにでもなる。


 言われてしまえば、これほど怪しい人間もいなかった。



 イルムはその事件があった時、所用で家を出ていた。≪フレア・ロスト≫事件の事もあり、魔法実験を外でやっていた。

 つまりイルムはこの件に関与していない。


 それがイルムのアキレス腱になる。

 妻達の無罪証明を、出来ないのだ。


 イルムは妻二人から、この件について何も聞いていない。


「妻を裁かれるより、夫がいなくなる方がまだマシか」


 この件で戦争が起きたとか、そういった事にイルムは興味がない。

 しかし先に仕掛けてきたのはあちらだとか、そんな言い訳をするつもりもない。

 実行犯だけでなく黒幕のアブーハ公爵にもとどめを刺しておけとも思ったが、それも実行しない。


 あの時、あの場で、自儘に復讐をすると言う選択肢を採る事は、罰せられるべき罪だろう。

 単純な暴力を勘定任せに振る舞うのではなく、ちゃんとした手順を踏んで、正式なやり方で復讐すれば良かったのだから。


 それをしなかったのなら、罪は罪なのだ。

 襲われた時に反撃するのとは訳が違う。


 イルムは罪を認め、受け入れた。

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