その死の価値は⑨
イルムの敵として、ウノは前に出た。
家族であるイルムの敵になった事。それはウノにとって望んでいた結末とは違うものだが、それでもウノは前に出たのだ。
それをイルムは裏切りとは思わない。
ウノは一度サーベリオン公爵の養女になっているし、今では王女の立場にある。
王女であれば国を優先するのが当然であり、どちらかと言えば裏切ったのがイルムの方で、彼女は自分の立場に背かなかっただけなのだ。
イルムの中にはウノを恨む気持ちなど無いし、怒りも感じていない。
ただ、「やりにくい話になる」とだけ感じていた。
「ごめんね、兄さん」
「謝る必要は無いよ、妹」
申し訳なさそうにするウノに対し、イルムは笑って応えた。
その笑みはどこか悲しそうであったが。
「兄さんなら、気が付いているんじゃないかな?
こうなったのは必然だって。兄さんのあり方が、国に受け入れられないって」
ウノは悲しそうだ。
どちらの言っている事も分かるし、それはイルムも同じだと知っているから。
公爵親子はイルムに自分たちの立場を説明した。
しかしウノはイルムがそれを言われるまでもなかったと、そう言ってのけた。
「国が人の集まりなら、絶対に一つにまとまらない。なら、公爵はこうするしかなかった。
兄さんが公爵という立場を斟酌できない、でも意を汲むつもりが本当にあったなら。もっと違う行動をしてきたよね。
だから断言するよ。
兄さんは、我を通せば最初からこうなると思っていたよね?」
イルムは妹の言葉に、苦笑を見せた。
消極的ではあったが、それは肯定。
“狡兎死して走狗烹らる”
“太陽は二つも要らない”
イルムの知識にある、主と部下に関する言葉だ。
意味はどちらも「君主にとって自分以上に目立つ部下は要らない」程度の認識であったが、自分が目立てばいずれそうなるだろうという自覚はあったのだ。
イルムの周りには、イルムを持ち上げようという勢力は無かった。イルムも自覚してそう立ち回った部分がある。
が、結局はほぼ全力を見せた為にその立ち回りを全て無駄にした。
危険視される事は承知の上だったが、ここまで強硬に死を望まれるとまでは考えていなかったのだ。
見積もりが甘かった。
やり過ぎれば叩かれるだろうとは考えていたが、その線引きを間違えたとも言う。
イルムの苦笑は、自嘲だ。
疎まれる未来を予測出来てはいたが、それを避ける為の、最大限の努力を怠った事。
もっと早く見捨てれば良かった。
それこそ、家に目を眩ませず最初の従軍依頼を断るべきだったのだと。
かつてジャンやシャリーにしてしまった譲歩こそ、愚かな判断だったのだ。
ただ、それでもイルムはまだ揺るがなかった。
「だが、俺は何も強要していないぞ。決断したのは公爵の側だ。そこから俺に何を言う?」
「うん。でもね?
兄さんは、その決断で私を殺すのかな、って。
家族の命を天秤にかけたの?」