その氏の価値は⑧
どこまで殺すのか、アレスはイルムにそう尋ねた。
「俺や家族を付け狙わなければなんでも良いんだけどね。
それこそ、公爵家としてもう俺を狙わない、狙わせないって約束してもらえるなら、それで矛を収めても良いわけだ。
俺はわざわざ人を殺したいとは思わない。自衛で殺す事になるのはしょうがないと思うけどね」
「質問の答えになっていないと思いますが?」
「それは質問の方が悪い。“どこまで殺す”なんて俺は考えていない。“俺を殺そうとするなら殺す”ってだけだから。
未遂であろうと、俺を殺そうとする奴なら俺も殺そうとするし、俺を殺そうとしていない誰かは殺したくない。
“人を殺したがる奴なら殺す”って言い換えてもいいな」
ただ、イルムは持論を述べるだけにとどめる。
だからアレスはもう少し先の話をした。
「殺した誰かが結婚していて、家庭を持っていたとしたら?
殺した誰かの家族に恨まれるとは考えていないのですか?」
「そりゃ、恨まれるだろうな。
だけど、だからといって殺されてやる義理はない。自分の命を守る為なら、しょうがない。
その家族には、それこそ“だったら俺を殺しに来ないでくれ”としか言い返せやしないな。
恨みたければ恨めばいいけど、それで俺を殺しに来るなら返り討ち、だ」
「では、領地貴族が死んで領地が混乱するとしても?」
「同じだ。
だったら俺を狙わなければ良い。たったそれだけの事がなんで出来ない? 俺が罪を犯したって訳でもなく、ただ目障りだってだけで殺そうとする馬鹿が悪い。
領民には悪いが、“貴族だから他人を自分の好きに殺して良い”と考える悪党貴族が死んで、マシな統治になる事を祈るだけだな」
「殺さずにすむとは考えないのですか?」
「そのまま返す。俺を殺さずに済ませようと、なんでしない? なぜ殺さない解決方法を考えない? それはお前達が人の、俺の命を軽んじているからだ。俺たちが死んでもどうでもいいと言いたいんだろう? それを自分たちが言われる側になったらそんなのはおかしいと言おうが、俺がなんで聞き入れなきゃいけない。
間違えるなよ。俺は別に、殺しなんて好きでやるわけじゃぁない。俺を殺そうとする奴が居るから、自分の命を守る為に戦っているだけだ。
俺は俺と家族の命を敵から守る為なら、返り討ちにする事を止めはしない」
ならばとアレスは矛先を変える。
「貴族が大きく減じ、政情不安定になれば困るのは民衆です。国を大きくまとめ上げる事による経済効果は計り知れず、今の規模から小国がしのぎを削る状態になれば、技術などが衰退して生活レベルは落ちていくでしょう。
ならば少数に苦渋を強いようとも――」
「それも含めて、貴族の責任だろうが。自分たちの不手際なのにそれを無視して、俺に責任を押しつけるな。
それにだ。国が安定しようが、俺たち家族が殺されているなら、国の安定は俺にどんなメリットがある?」
意見は完全に平行線である。
アレスが「暴れるな」と言えば、イルムは「じゃあ襲うな」と言い返す。
それで殺された誰かが理由で被害が出たとしてもイルムは斟酌しないと言い切っている。それは襲ってきた奴の責任だと。
そしてイルムは「自分と家族を守る為ならなんでもする」とまでは言及しなかった。
例えばだが、自分が飢えていたとしても食糧を奪う為に村を襲うといった事はしたくないからだ。
あくまで自衛の為に戦うと言っているだけだ。
アレスはこの時点で色々と諦める。
イルムには何を言っても届かないと。
ただ、静かに生きていたい。
邪魔するなら、殺しに来るなら命を捨てる覚悟でやれ。
それだけの人間なのだと。
別に他人と共生できないわけでもなく、命さえ狙わなければ誰も殺さないが、いったん敵意をみせれば危険な人物というだけである。
極端に戦闘能力が高い為に危険に見えるが、襲撃に応戦する、自衛するのはごく自然な感情だ。
変な事ではない。
だが、殺す事でより大きな被害が出る誰かであっても躊躇しないのは、公共の意識が大きく欠けていると言わざるを得ない。
たとえ1万2万の他人に迷惑のかかる殺しであっても、自分の命を守る為だからしょうがないと断言できる感性。
それを簡単に受け入れる事が出来ない。
アレス自身、自分の命でサーベリオン領が救えるなら擲つ覚悟がある。
兵士にそれを求めることもある身としては、イルムに危ういものを感じてしまう。
つまり。
イルムを処刑する事がイルムの家族のためになると、信じてもらわねばならないからだ。もしくは、イルムが生きている方が家族に悪影響が出る事を、だ。
すでに殺そうとしてしまった手前、家族の将来を保証しようと意味が無い事は明白。
イルムを納得させるだけの信頼関係が作れない。すでにあった信頼関係は壊れてしまった。関係が悪化している今、新たに関係を築くことは一から関係を構築するより困難なのだ。
ならばイルムがそう判断する環境を作るしかない。
だからアレスはウノを呼んだ。
自分たちでは出来ない説得をする為に。
それがアレスらの、最後の希望だった。