その氏の価値は⑦
太陽はすでに沈んでいるが、夜中と言うにはまだ早い、そんな時間帯。
まだ灯りの消えない部屋にイルムは侵入した。
「思ったより遅かったな」
「身の安全を確保するのが重要でね」
イルムが来ることを、公爵は予見していたようだ。
イルムが表れても驚かないどころか「遅い」とまで言い切った。
そうして1年ぶりに会った公爵は、非常にやつれている。
「大変そうだな」
「ああ、大変なんだ」
化粧で誤魔化しているが、痩せこけた頬を見てしまえば誰でも分かるほど、サーベリオン公爵は疲れている。
起きてしまった問題の数々を考えれば相当苦労したんだろうと推測できる。
そして実際に苦労しているので、推測は間違いではない。
年齢的にもそろそろ引退を考えていいので、そろそろ健康上の理由で息子に爵位を譲るかもしれない。
公爵は疲れ切っているが、イルムが公爵の事情を斟酌する必要はない。早速話をする事にした。
「俺と戦うって事でいいのか?」
「ああ。その通りだ」
公爵はどこか投げやりに、「イルムと戦う」と言ってみせた。
その顔は戦いを望む者のそれではない。戦いに倦んだ者の顔だ。「戦いたい」ではなく、「戦わざるを得ない」という事なのだろう。
「止めないのか?」
「こうなってはもう、誰にも止められはしない。
お前は分かっていないようだが、今のお前は魔王そのもの。討たねば誰も納得しない」
公爵は忌々しいとばかりに、吐き捨てるように言う。
公爵も戦うことが本意ではない。だが同時に、戦わねばならないことは理解しているといった風である。
サーベリオン公爵は、1年前はイルムとの戦いを避けようとしていた。
1年前からどんな心変わりがあったというのか。厳しくも穏健派と言われていた男は、ギラついた目をしている。
すでに覚悟は完了していた。
もちろんイルムは納得しない。
避けられる戦いは避ける主義なのだ。一度戦いを選びはしたが、最後の悪あがきをする。
「仮に、だけど。俺が死んだ事にするっていうなら、どうする?」
「無理だな。不可能だ。確実に秘密は暴かれ、今以上に国が混乱する。
いや――最悪は、国が滅ぶな」
だが、それでも公爵は頑なだ。
イルムが生きているだけで危険であると確信している。それも、最悪レベルの災害と思っているようだ。
「慎ましい生活を望む一人が生きているだけで、国が滅びる? そんな事、あってたまるか」
「どこが慎ましい。慎ましく生きていたいだけの人間が、軍を追い返せるとでも言う気か?」
「そもそも軍を差し向けなければいいだけだろうが!」
イルムの言い分は、あくまで自衛以外はしていないというもの。事実、自分から軍を襲いに行ったわけではない。サーベリオン軍がわざわざイルムのいる村まで攻め込んできたから応戦しただけ。
公爵は個人規模で軍を追い返せる奴が居るというだけで駄目だと。人間の規格を越えている存在の危うさを主張する。
「軍を追い返したとか言うけど、俺を殺せるという確信も持てないような弱兵をぶつけるなよ! せめて勝てると思える勝負をしろよ!」
「5000の軍を個人で追い返す方がおかしいといっているのだ!!」
ならばとイルムは「どうやって勝つ気でいたんだ」と、責める言葉を変えた。
それには公爵も激高し、声を荒げた。
公爵として感情を抑える事には慣れていても、言われた内容が常識を遙かに超えていれば言い換えしたくもなるのだろう。加齢による頑なさもあるかもしれない。
二人の話し合いは喧嘩別れになろうという所で。
「父上、イルムがここにいると聞き、参りました」
アレスが、クリフとウノを連れてやってきた。