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折れた翼の英雄譚  作者: 猫の人
9章 英雄とは死して完成する
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その死の価値は⑤

 サーベリオンの旗を見たイルムは激しく動揺する。

 ここまで軍が押し寄せてきた以上、彼らはミルグランデ公爵の許可を得てこの場にいるということだからだ。


 言葉を換えると、「ミルグランデ公爵はサーベリオン公爵への壁にならない」「ミルグランデ領は安住の地となり得ない」となる。

 それはイルムにとって悪夢でしかない。

 残る手段が国外脱出となり、そうなればこれまでとは比べものにならない苦労を背負わねばならないからだ。


 イルムは前世知識という破格の情報を持っているが、ゲーム中に一切関わってこない海外についての知識がないし、何より海の向こうの言葉が分からない。

 金銭を得る手段も一からから作り上げねばならないし、選択肢としては絶対に出はないが、海外移住は可能な限り取りたい手段ではなかった。





 次にイルムが考えたのは、この先をどうするかである。


 海外には行きたくない。

 そうなると選択肢は三つ考えられる。


 一つ目。

 徹底抗戦ルート。戦い抜いて、相手の心を折る方法だ。武力で解決するのだ。

 なんならサーベリオン領の公都を襲い大規模破壊を行って早い段階で経戦応力をなくしても良い。

 イルムにとって一番分かりやすい方法だ。


 二つ目。

 国王就任ルート。ダーレンのように独立勢力となって手出しされなくする方法だ。政治的に解決するのだ。

 国として周辺をまとめ上げるのは、実はそう難しい話でもない。イルムの戦闘能力があれば旗頭となるに相応しい。

 ただ、それ以上に面倒ごとが舞い込んでくるだろうから、あまり取りたくは無い方法だ。


 三つ目。

 死亡偽装ルート。本当に殺される必要はないが、対外的に死んだことにする方法だ。

 自分が殺された後に家族まで狩り出される可能性がある為、自分だけではなく家族も殺された事にした方が良い。

 もしくはサーベリオン公爵本人と直接交渉を行い、自分の処刑(偽装)だけで話を済ませてしまう方法もある。

 どのように死を演出するかは横に置くとして、一番穏健穏当な解決方法は間違いなくこれだろう。


 他にも独立勢力に力を貸せばいい、そんな手段を思いつきはした。

 だが、サーベリオン公爵のところではそれで失敗したのだ。結局は同じ事の繰り返しになるだろうから、それを防ぐ為にもやはり自分が代表を務める勢力を作る方がいい。

 自然と選択肢はこの三つに絞られる。



 手間暇かけないのであれば、一番が最善である。人道的にどうかと思わなくもない。

 三番目の解決方法は相手が納得するかどうかで決まるので、不確定要素が強い。

 堅実なのは二番だが、これは時間がかかり即効性がない。


 熟慮する時間はないため、イルムは迷いを振り切り即断する。

 一番、徹底抗戦ルートに入ると。

 本当に魔王と呼ばれることになるだろうが、自分の命と家族を守る為なので割り切ってしまう。

 他人の命は、自分や身内のそれよりも軽い。


 それがイルムの決断だった。





 考えをまとめればイルムの行動は早い。

 千や万の軍勢が恐れを知らずに戦いを挑んでくるなら、イルムでも勝てないかもしれないが。今回のような条件であればやり用はいくらでもあるのだ。



 イルムはまず、敵陣の中でも輜重部隊、食糧や武具を管理する場所を狙う。

 かつては自分も所属していた部隊だ。軍の中での運用に大きな変化は無いし、すぐに発見することに成功する。

 後は風上に立ち、火を放つだけだ。


「『祖は、天に燃ゆる太陽。煌々と世界を照らす日輪。原初、混沌より世界の始まりを告げる開闢の担い手にして全てに終わりをもたらす破滅の力。繰り返される終焉と再誕の二重螺旋はここに()げられ()げられる』≪フレア≫」


 イルムが他人に教える気の無かった、炎系最強の攻撃魔法。

 かつて公都を焼いた炎には劣るが、それでも不意打ちで使われれば大軍だからこそ(・・・・・・・)致命的になる超広域殲滅魔法。

 それが、夕闇の(あか)より赤く世界を照らした。


 瞬間的には、白い炎が吹き出たのだろう。

 ≪フレア≫の魔法は人を焼き、森を焼き、その他あらゆるものを()で焼いていく。


 そうして炎に飲み込まれた軍は烏合の衆と化す。

 イルムに不意を打たれる危険性を、指揮官が理解していることと、一兵卒まで理解させることは全く違う。

 輜重隊は狙われるかもしれないと分かっていただろうし警戒もさせていただろうが、だから防げるという訳でもないのだ。だから襲われた後に反撃に移れるという訳でもないのだ。

 軍は狂乱に陥り、指揮官たちもイルムを探し出して殺してやろうと言えなくなってしまう。


 必然として、サーベリオン軍はたった一人に大損害を被るのであった。





 軍全体で言えば1割に満たない死者であったが、多くの物資を焼かれては軍は立ち行かなくなってしまう。

 人よりも食糧が無くなった事こそ、彼らにとって致命的だった。

 彼らのいた森も焼かれてしまったので、周りで狩猟などもできない。


 ミルグランデ公爵もこれには頭を抱えるだろう。

 公式にサーベリオン軍を受け入れたことでここまで損害だ出るとは思っていなかっただろうから。

 敵ではなく味方扱いなので、ミルグランデ公爵も損害への補填を迫られることだろう。

 内地に軍を受け入れた事も非難の対象となる。



 この件では誰もが損をしている。

 その恨みはすべて、イルムの収束した。

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