その死の価値は④
イルム達の家があるのは、ミルグランデ領である。
サーベリオン公爵との間に生まれただろう確執を考えれば当然の判断だ。
敵国ではなく同盟国だろうと、普通の領主というのは、自領に他領の軍を招き入れない。
攻められるかもしれないという懸念があることに加え、他領の軍が自分のお膝元で何かすれば罰せねばならないし、そうなれば関係悪化となる。他にも情報流出の危険があるし、デメリットが大きすぎる。
もしもそれをしようとするなら、長い交渉と多額の寄付が必要になる。
勝手に軍を送れば宣戦布告だし、こっそりと送り込むなら多くの兵士を動員されることもない。
精鋭部隊を送り込めば良いというかもしれないが、精鋭部隊を送り込んで勝てるという保証がないし、なにより精鋭というのは貴重なので簡単に動かせない。だからこそ精鋭なのだ。
イルムはそうやって「簡単に襲われない状況」を作ることで自衛を行い、他の誰かに被害を出さないようにと考えている。
だから。
1000を超える軍を動かされるというのは、全くの予想外だった。
そろそろ冬になろうかという時期。
ある日の夕刻、イルムは異変に気が付いた。
「恐ろしく濃い、鉄の臭い。
なんだ? ここまで強い臭いだと、100や200じゃきかない数の兵士が動いているって事だぞ」
その日の仕事を終えたイルムはいつものように家に戻る途中、風が運んできた鉄の臭いに気が付いた。
気が付けたのは偶然である。
イルムだって四六時中、周囲を警戒しているわけではないのだ。不意打ちが可能な距離まで近付かれた時ならともかく、ある程度離れたところにいる誰かに気が付けるかどうかは相手の規模と運の要素が強い。
イルム達は鉄を扱う仕事をしていた為、鉄の臭いに敏感だったということもある。
従軍経験も手伝い、軍が迫っていると当たりを付けた。
「ルーナ、ネリー。悪いが子供達を連れて避難してくれ」
「イルム、大丈夫なの?」
「イルム、私たちも手伝った方が良くない?」
最初に家族を避難させようと言い出すイルム。
しかし妻二人はイルムのことが心配で、本当に大丈夫かと不安そうにした。
「逃げるだけなら簡単さ。避難所はさすがに大丈夫のはず。相手の目的が分かればそれでいいし、やるべき事をやったら逃げるから、そこで落ち合おう」
「ん。分かった」
「待ってるわ」
避難所とは、こういった事態に備えて、村の外に用意した隠れ家だ。
飢饉が起きた時なども想定し水や食糧を一月分ほど隠してある。
イルムのことが心配な二人だが、子供達のことを考えればあまり強く言えない。
相手は軍隊である。何があるか、何が起こるか分からないので、二人は最悪を想定してイルムに言われたとおり逃げる事にした。
それに、二人がイルムに対し下手に手を貸せば足手まといになりかねない。
だったらイルムを信じた方が何もかも上手くいく可能性が高い。
妻達が子供のことを守ってくれると思えば、イルムが格段に動きやすくなるのだ。
そうして家族を見送ったイルムは、村長に「大軍がこっちに向かってきている。自分は様子を見に行く」と説明し、一人で外に向かって。
サーベリオンの旗を掲げた軍を目撃することになる。