その死の価値は③
「本気で言っているのか?」
ジャンはイルムの言葉に、強く反発した。
「統治者がいなくなれば、その庇護を失い苦しむのは民衆なんだぞ。
本当に、貴族がいなくなっても構わないというのか?」
ジャンにとって、貴族、彼にとってはサーベリオン公爵やその嫡男であるアレスは使えるに値する主君だ。
その貴族を否定されては、憤るのももっともな反応だ。
だが、イルムが言っている貴族は、自分の命を狙うような悪徳貴族だ。論点が違う。
「まともな貴族がいることは否定しないけどね。
でも、自分の都合だけで誰かを殺そうとするような奴、いなくなった方がいいのは確かじゃないか?
貴族を罰する仕組みが無い以上、俺が動くのも仕方がない」
「そんなことは無い! 罪にはふさわしい罰が与えられる!」
「では、貴族が平民を殺した場合と、平民が貴族を殺した場合で罰が違うのはなぜだ?
殺しは殺し。なぜ殺したのかではなく、誰を殺したのかで差が出るのはなぜだ?
結局、為政者であることをいい事に、貴族は自分たちに都合の良い事を言っているだけじゃないか」
そしてイルムがそれに付き合った結果、話は大きくずれていく。
「部下の命をゴミのごとく無駄にして、私利私欲をうわべだけの言葉で覆い人の命を奪う事を正当化し、自分に都合の悪い事は見て見ぬふりをする。
為政者として貴族が存在する価値は、本当にあるのか?」
こうは言っているが、イルムは貴族政治を完全に否定する気は無い。
貴族政治とは、結局のところ、生産性が低い社会を運営するための知恵なのだ。民主主義のような社会を作りたければ、民衆が力を持つ、生産性を高くすることが最低条件になる。
ただ、ジャンが何と言って返すかを楽しんで喋っていた。
「それでも、だ。だからと言って民衆に政治を任せるとでもいうのか?
彼らは日々の生活を守るだけで、政治に関わるだけの余裕が無い。彼らに政治を任せる事こそ、無責任ではないか!」
「民衆に政治を任せるかどうかは横に置き、腐敗した貴族を粛清するための仕組みが無い事こそ問題なんだ。貴族の自浄作用に任せるだけの信頼が無い。
すでに隠棲した俺をわざわざ殺そうとするような奴を、なんで庇う?」
ここでイルムはいったん話をもとに戻す。聞きたい言葉を得たので、
本題は、イルムが自衛のために黒幕を排除するという事だ。サーベリオン公爵やアレスを殺すぞ、という話ではない。
それを指摘されたジャンは、思わず言葉を詰まらせる。
実際問題として、イルムに対する暗殺者の派遣が続くようであれば、イルムが実力行使することを止められはしない。
殺されそうになっても抵抗するな、とはジャンも言えないのだ。
「それは、こちらで対処する。
閣下に話をして、二度とこういった事が無いよう、忠告をする」
「つまり、今回の件に公爵は関わっていないっていうのが建前なんだよね?
でもさ、じゃあ、なんでジャンは暗殺者が送り込まれたことを知っていたのかな? サーベリオン公爵も知っていたんじゃないか?
知っていて止めないって事の意味を、本当に理解しているのかな?」
「違う! 閣下は、イルムの安全を確保するために俺を動かしたんだ!
確かに止められはしなかったが、防ぐことでお前との関係を悪化させないようにと気を遣ってくださったんだぞ!!」
「部下の暴走を許しているようじゃなぁ。
俺と戦い被害を出したくない。俺を襲う部下を止めない。
我が儘を言われても困るんだけどな」
ついでにと、イルムはジャンに釘を刺しておく。
サーベリオン公爵がイルムと敵対する道を選んでいない事は分かっていたが、それでも部下の手綱を握り切れていない事も確かなのだ。
だから、あまりにも状況が悪くなればこちらも気を遣わないぞと脅しておく。
イルムの言葉にジャンはやり込められるが、そうだ、とばかりに一つの反論を行うことにした。
「なら、お前自身が暴走したときは?
お前を裁く事は、誰がするんだ?
法を無視して貴族を裁くお前自身を誰が止めるって言うんだ?」
「何を言い出すかと思えば。
俺がするのはただの自衛。貴族と違い、俺は無差別に罪のない人間を殺すとは言っていないだろうが。暗殺者を送り込んでくる一味を潰すってだけだ。
俺が悪行をしたというなら、それ相応の罰を素直に受けるさ」
ジャンの言葉に、イルムは苦笑いをする。
イルムは自分から人を殺そうとしているわけではない。最低限の自衛をしたいだけだ。
脅しも込めて報復の範囲を広めにとっては見たが、本当にそこまでしようと思っていない。
ただ、自分の安全を確保できればそれでいいという考えが根底にある。
そして「自分が良ければ他人などどうなってもいい」とまで擦れた考え方をしない。
付き合い方さえ常識的であれば、イルムはそこまで難しい人間でもないのだ。
イルムとジャンはこの夜、多くの言葉を交わしたが。
それが二人の、最後の会話となるのであった。