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折れた翼の英雄譚  作者: 猫の人
9章 英雄とは死して完成する
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公都脱出

「どういうことだ!!」


 サーベリオン公爵の怒号があたりに響き渡った。

 イルムと手打ちにして、穏便に騒ぎを収束させる。

 公爵の頭はその方向で考えていたし、イルムもその提案に乗る様子であった。


 だからこそ、この報告に公爵は怒りを覚える。

 その先の展開次第でイルムがどう動くか、どうなるか分からない。困ったことに、イルムを掣肘できる戦力が手元にないので、死活問題であった。


 やるのは構わない。 

 成功する筋道を作り、上司である自分に報告をしろというのだ。

 勝手に行動して、失敗して、こちらに尻拭いをさせる無能な部下など要らないと、公爵は本気でそう思う。



 怒り心頭の公爵に対し、イルムの反応は早い。

 公爵親子を無視し、直ぐさま自宅へと向かい走る。

 途中のことなど一切無視した走りに周囲の人間が驚いたり、屋根の上を足場にされた住人が騒いだりするが、全て置き去りにしていく。


 そうして駆けつけたイルムが見たのは、最悪ではなかったが、見たくないものだった。


 家はかなり破壊されており、一部から火の手が上がっている。

 それよりもイルムの心を乱すのは、妻が、子供達が、多くの兵士に捕まり拘束されている光景だ。

 ルーナとネリーは相当暴れたのだろう、顔を何度も殴られたようで、青あざがいくつもある。特にネリーは左腕があらぬ方に曲がっており、足下には血だまりが出来ている。

 子供達は泣き叫ぼうとしたのだろうが、それをうるさいと感じる兵士達に口を強く押さえつけられている。それをルーナは射殺さんばかりの目で見ていた。



 怒りで頭の沸騰したイルムは、まず子供達を押さえつけている兵士を投石で打ち殺す。

 投げられた石は狙い違わず兵士の目から脳を潰し、即死させる。

 そのまま距離を詰め、死んだ兵士の腕を素手で切り落として、まず(ユナ)を確保。息子(ムスカ)はユナから距離があったので後になってしまう。

 ただ、それでも突然のイルム登場で驚いた兵士はすぐには動けない。ユナを抱えたまま、イルムはムスカの確保に成功した。


「女を人質に――」

「うるさい」


 そこまでされてようやく動き出した兵士達。

 指揮官が部下に命じてルーナとネリーに刃を突きつけるようにと言おうとするが、そんなことを許すイルムではない。

 両腕が塞がってしまったので、足で≪波動拳≫を打ってその指揮官の首を吹き飛ばした。


 兵士は数が多い。

 ならばとイルムは怒りに任せ、範囲攻撃魔法を選択、容赦なく使う。


「――ああ、神々の時代は終わる。天よ、終わりの銅鑼を鳴らせ≪標的識別≫≪エクス・サンダー≫」


 最低限の理性は自分と妻達こそ標的から外したが、それ以外は非常に大雑把に狙う。

 天から無数の雷が降り注ぎ、貴族街ごと(・・・・・)兵士を皆殺しにする。


 防ごうとすれば、まだ生き残る目はあったのだろう。

 しかし恐怖に駆られた兵士達はイルムから逃げることだけを選んでしまった。ルーナとネリーをこれ以上拘束していても最初に狙われるだけだと、背を見せて逃げたからこそ殺されてしまった。

 正解は、イルムに突撃をするか、ルーナとネリーにしがみついて攻撃に巻き込まれないように祈ることだけであった。


 こうしてルーナとネリーを捕らえに来た兵士三十名は皆殺しの目に遭う。

 ルーナとネリーを捕らえる段階で半分以上も数を減らされた後だったため、魔法一発で片が付いてしまった。



「すまん。遅くなった」

「いいのよ。それより、貴方は大丈夫だった? あいつらから貴方が捕まったと聞かされていたんだけど」

「ごめんね。私たちも頑張ったんだけど、魔力が尽きちゃうと、どうしても押され切っちゃった。最近戦ってないから、鈍ってる」


 イルムが回復魔法で妻達を癒やすと、三人は揃って互いに頭を下げた。

 イルムは危険な目に遭わせたことを反省して。

 二人は子供を守り切れなかった、敵から逃げ切れなかったことで。


 ルーナとネリーは強いが、兵士百人を相手に戦い抜けるほどではなかった。魔力が途中で尽き果て、最後は子供を盾にされてあのような目に遭ったらしい。

 世間一般から見れば圧倒的に強いと言っても、常識を逸脱するほどではないし、イルムと違い範囲魔法を使うほど頭に血が上っていなかったのだ。



「それよりも、とっとと逃げるぞ。公爵とは手打ちにする話も出ていたが、ここまでやったなら、それも無理だろう」


 簡単に互いの話を済ませたイルムは、サーベリオン領からの離脱を決める。

 イルムは兵士を殺す際、広範囲攻撃魔法を選んでしまった。

 ≪エクス・ファイア≫ほど被害が出ない魔法だが、それでも相当数の建屋に被害が出ている。一部は火災に発展し、貴族街を大いに焼くことだろう。

 ルーナ達はこれを恐れて全力を出し切れなかったのだ。彼女たちは近所のご友人に被害を出したくなかったのである。



 ここまで被害を出して無罪放免とはいかない。

 それぐらいは誰でも予測できることだ。

 それに、たとえ許されるとしても妻子の無事を確保する方が急務であり、公爵と話し合う機会など後回しだ。

 このような真似をされた後に貴族達を信用する人間など、普通はいない。


 イルムは最低限の荷物で公都を出て、家族とともにミルグランデ領を目指すのだった。

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