冤罪
アブーハ公爵軍は奪われた都市に対し偵察こそしたものの、本格的な攻勢に出ることは無かった。
奪い返すにしても兵士が足りず、物資の準備に時間がかかるのだろう。
そうして見た目だけは穏やかな日々の中、予定よりも少し遅れ、交代要員が来た。
そこそこの数の文官と、軍だけではなく治安維持隊の到着により、イルムたち侵攻軍は帰還する許可を得た。
手に入れた領地については元々いた伯爵をそのまま起用し、いくつかの権利、主に軍事と財政の一部にサーベリオン領の人間を置くことで手綱を握る。
更迭する人員の数を減らし、最小限の人事で首根っこを掴んでおこうという判断だ。
この場合、伯爵には離反の危険があるものの、人の変更を少なくした分だけ現場に混乱が起きにくく、早い段階で伯爵領の採算が取れるようになる効果がある。
伯爵当人は裏切者の烙印を押されるだろうから渋い顔をしたものの、領地の事を最優先に考えろというサーベリオン公爵側の説得を受け、ひとまず提案は受け入れられた。
しばらくは悪化した税収と治安に悩まされるだろうが、どちらかと言えば人余りの時代である。
物理的な損害が少なかったので、2~3年もすれば街の表面だけは元に戻るだろう。
さすがに商業や産業のダメージは、どう転ぶか分からない。神ならぬ人の身ではいつ頃回復するか知るすべが無いのだ。
今回の出陣により、イルムは砦や街を落とすことに多大な貢献をして、論功行賞においては一番の役者であると噂される。
通常であれば破城鎚など攻城兵器が必要な場面でも、魔法ひとつでどうにかして見せたのは非常に大きい。進軍速度と門の破壊という面における貢献は、一緒に戦った誰もが認めるところである。
だから。
戻ったイルムが受けた扱いは、一緒にいた誰もが予期しなかったものになる。
「イルム。何か申し開きはあるか?」
「俺は関わっていない!!」
イルムがアブーハ領にいた間に、ダーレンが独立を宣言したという噂がサーベリオン領全土に流れたのだ。距離の離れたアブーハ領はともかく、ミルグランデ領もこの情報に驚いている事だろう。
新しいダーレン伯爵は無難に伯爵領を治めていたが、クーデターにより処刑され、ダーレン周辺が武装勢力により切り取られた。
これだけ聞けばイルムは全く関係が無いのだが、クーデターの中心人物周辺にクリフの故郷の連中が多くいるという事で、イルムは関与を疑われたのだ。
イルムはその村に行って仕事をしただけでなく、わざわざクリフを長期間一人だけ置いてきたので、そこが疑わしいというのだ。
一緒に村に行ったジャンから村の連中の様子がおかしいと報告してあったはずだが、そこは無視されているようだ。
「別に、連中に思うところは無い。行かせてもらえるなら、俺がそいつらを皆殺しにしてもいい」
イルムはクリフの故郷に思い入れなど無い。
クリフの反感を買うだろうとは思うが、クーデターなど企てた時点で彼らは処刑台に送られることが決定している。躊躇うほどの事ではない。
この嫌疑が晴れなかった場合、イルムはサーベリオン領での生活基盤を失うので何を選ぶか迷う必要などない。
「それで合流されたらどうするんだね?
イルム、君が合流すれば、君が反乱軍の首魁に収まれば、手が付けられなくなる。ダーレンに行く許可など下りはしないのだよ」
「……こちらに家族を残していく。人質だ、それなら信用できるだろう」
イルムは貴族連中の信用を得るため、妻子を残していくと告げる。
イルムにとっとて家族はかけがえのないものだ。信用を得る担保としては十分だろう。
あとはイルムがきちんと仕事をすれば、何の問題もない。
この提案は常識的に考え、受け入れられるべき類のものである。
貴族の常識に照らし合わせても特に変なところは無く、これがイルム以外の誰かであったのなら、貴族たちも信用したであろう。
「却下だ、と言ったはずだよ。
君がダーレンの連中についた場合、致命的な事態に陥る可能性がある。あちらで魔法使いを揃えられても困るのだ。
戦力が拮抗してしまえば人質などどうにでもなるだろうし、戦時下や交渉中にこっそり奪い返されても困るのでね」
「な……」
あっさりと、イルムの申し出は撥ね退けられた。
イルムを自由にする事、それが危険であると貴族たちは言う。
イルムは必死に考え、妥協案を思いつく。
「しばらくはそちらの監視下に入ろう。
ダーレンは奪い返すんだろう? その間は大人しくしている。それなら問題ないはずだ」
出来れば家族の生活は現状のままがいい。
だから、譲歩できる点を考えて提案していく。
自分に非が無いにも関わらず疑われるのは業腹であったが、我を通してどうにかなる問題でもない。粘り強い交渉をしていくつもりであった。
しかしそれすら受け入れられない。
「ふむ。そこまで必死になるとは、よほど疚しい事があると見える。連れていけ」
「ふざけるなよ!」
貴族側は交渉する気が無いようで、イルムの言い分を一切認めなかった。
このために用意した魔法の使える兵士を何人も使い、イルムを拘束しようとする。
さすがに、イルムの堪忍袋の緒が切れた。