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折れた翼の英雄譚  作者: 猫の人
9章 英雄とは死して完成する
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偽善活動

「誰も逃がさないように、頼む。あと、砦の門を開ける事は出来るか?」

「もちろん」



 イルムたちサーベリオン軍は国境にたどり着くと、そこを守る敵を直ぐに包囲し、退路を断ってから敵を殲滅した。

 情報を漏らさない事はもちろん、少しでも敵の戦力を削るためだ。


 普段であれば包囲殲滅と言っても漏れが出るのだが、イルムが敵の監視役を行い、逃げる敵を確実に討ち取っていったので漏れなど無いだろう。

 初戦から完勝である。


 情報封鎖が上手くいった事もあり、その後の戦いも順調だった。

 敵は準備に使える時間が制限され、こちらは補給こそままならないが、圧倒的な速度で蹂躙を続ける。

 軍はそのまま進軍し、最終的に3割の犠牲を出しつつも、伯爵領ひとつを奪う事に成功する。



 このまま後詰を待ち、交代要員さえ来ればそれでイルムたちは帰ることになる。

 交代要員は一ヶ月後に来る予定で、そうなればイルムは子供に会える。


 そのはずであった。





 イルムたちは伯爵領を落としたとはいえ、落した直後の占領地など敵地に等しい。

 普段以上に気を張らねばならない状況が続く。


 軍は3割と大きな被害を出したこともあり、休みの順番はあまり回ってこない。

 大きな都市ひとつを落としたことで物資は潤沢になったが、それを堪能できるほどの時間的余裕が無かった。

 自然と、兵士たちに不満が溜まる。



 不満を抱いた兵士がよく行うのは、強姦である。

 最低な話ではあるが、ストレスの溜まった男が暴力的な気分になれば、それも徒党を組んでいるのであれば、そういった事をする者はどうしても出てくる。

 騎士や兵士として長く務めている者などはあまりやらないが、占拠地の治安の悪化がじわじわと進む。


「こちらに売春街を用意しました。兵士の皆様方のご不満は、ここで晴らしていただければ、と」

「うむ。貴殿らの献身、嬉しく思うぞ」


 兵士の締め付けは行うものの、治安の悪化は進んでいく。

 現地の者は身を売る覚悟を決めた女性を使い、売春宿として一部区画を開放し、被害者をこれ以上増やさないようにと動く。

 軍団長も現地の者の反感を出来るだけ抑えたいので、少なくない額の金銭を現地人に手渡し、兵士たちに遊ぶことを許した。



 多くの兵士が遊ぶ中、イルムは独り、売春宿に勤める女性たちのケアを行うことにした。


 イルムは既婚者で子供もいる身の上なので、女を買うのは不義理だと自戒していた。いや、自戒せずとも売られる女性を見ると、買って楽しもうという気分になれない。

 その代わり、少しでも身内を守ろうと売春宿で働く女性に対し、回復魔法と簡単なカウンセリングを行って回る。

 その方が自身のストレスが溜まらないのだ。


「魔法使いさん、これからこの街はどうなるのかなぁ?」


 イルムが話し相手をしているのは、16歳ぐらいの少女だ。

 人生まだこれからで、そのうち結婚でもして家庭を築く年齢だ。


 今は幼い妹たちが襲われないようにと、兵士の相手をしなければいけない日々が続いていく。

 覚悟を決めて身を売ったが、その過酷さに心がずいぶん病んでいた。


「あと数日で交代の者が来る。

 そうなれば新体制が始まり、俺たちは用済みだな。新しく来る連中さえ来れば、こういった事も必要なくなるだろう」

「そっか。あと数日かぁ」

「ああ。10日もしないはずさ」


 イルムは気休めでしかないと知りつつも、少女に希望を与える。


 実際、軍による占拠ではなく文官による統治が始まれば、強姦は取り締まるべき犯罪になる。兵士たちも好き勝手は出来ない。

 また、今いる兵士たちは戦いの反動で殺気立っているというのも、犯罪行為に走る原因だ。直接戦っていない兵士たちであれば犯罪発生率はゼロにはならないがずいぶん下がるだろう。


 村を失った時の自分よりも酷い目に遭っている少女に、イルムは心を痛める。

 子持ちになったことで、より戦争の悲惨さを感じるようになっていた。



「また来るよ。でも、その時は怪我の治療じゃない事を願っている」

「うん。魔法使いさん、ありがとうね」


 イルムはこの都市を落とすのに一番活躍した男である。

 これが偽善と知りつつも、イルムは交代要員が来るまで治療活動を続けるのだった。




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