プロローグ:未だ和平ならず
戦争なんてくだらない。
連戦連勝とは言え、全ての戦場で被害がゼロというわけでは無い。
徐々に、徐々に身近な誰かが死んでいく。物資の流れが滞る。生活に余裕が無くなり空気が悪くなる。
サーベリオンの民の間には厭戦気分が蔓延していく。
「停戦に、アブーハ公爵は応じないと?」
「確かにいくつもの戦場で敗戦を重ねてはいますが、勝負とは最後の時まで分からぬものですよ」
サーベリオン公爵は使者を送りアブーハ公爵に交渉を持ちかけているが、その成果が出ない。
勝ち続けているサーベリオン公爵としては、通常であればむしり取ることの出来る賠償金の支払いを捨ててでも停戦して戦争を終わらせたかった。
使者は最初から賠償金の権利を放棄するとは言い出さなかったが、それを抜きにしてもアブーハ公爵側の態度が強硬である。
何らかの、勝つ見込みを見出しているかのようであった。
その態度に使者は焦りを覚える。
「我々は戦乱を望まないので攻め入ることこそしていませんが、それがいつまで続くかは、この交渉にかかっているのですよ?」
焦りから使者は譲歩では無く強気の態度で交渉に臨む。
余計な被害を出して交渉がこじれるかもしれないとサーベリオン軍はアブーハ領に進んでいなかったが、それが悪い方に転んでいるようだと。
確かに、相手が攻めてこないと思えば怖くないだろう。戦うも戦わないも自分たちだけで決めることが出来るのだから。
使者の行動はそう大きく間違っていない。
公爵からそういった脅しも選択肢に入れて良いと、事前に許可ももらっている。
ただ、相手もそれを想定しているというだけだ。
「――成る程。ならば、やはり戦争は継続せねばなりませんね。脅威を取り除かねば安寧が訪れないのですから」
「ここで停戦に応じれば、脅威など存在しなくなるだろうが!」
「ははは。何かあれば武力で脅してくる相手の、何を信用しろと?」
「我らはこれまで誠実に条約などを守ってきただろうが!」
アブーハの交渉役の切り返しは、半ば暴論というべきものだった。
ただ、全く言葉に理が無いわけでも無い。暴力を掲げて交渉してくる者など、交渉役としては下の下なのだから。
それを自覚しているサーベリオン側の声が荒くなる。
「友好の使者を謀殺したことを忘れていませんか?」
「あれは我らの所業では無い!!」
サーベリオンの交渉役は痛いところを突かれ、更に声を荒げた。
サーベリオン公爵やその身内とも言える貴族や騎士は、確かに使者の暗殺に関わっていない。アブーハ公爵はそれでもサーベリオン公爵の策によるものだと断定して、それを大義名分に掲げている。
ただ、それを証明する手段が無いだけだ。
「あの連中は早馬を使って進んだのだぞ! 我らがそれよりも早く、どうやって暗殺などすると言うのだ!?」
「イルムとか言う男なら可能でしょう?」
「くっ……」
これを言われて終わるだけ。
すでにいくつもの戦場でその“足”を披露している為、誤魔化しようが無い。
ただ、それでも苦し紛れに使者は言う。
「動機が無い。なぜ、我らが使者を殺さねばならんのだ?
我らとて戦など望んでいない。なぜ、我らがその様なことをせねばならん?」
「あの、使者を殴った男はウノ様と同郷という。ならばウノ様の意を汲んだのでは?」
「時系列として成り立たん。我らがウノ様のことを王族と知ったのは、事の起こった後だ。あの男が使者をなぐり飛ばしたからこそ、ウノ様は自身の出生を語ったのだ。恩赦の為に。そうで無ければ、我らは何も知らずにいただろう」
「話になりませんね。事件の前からウノ様は聖女として公爵家に迎え入れられていたのです。それに事件の後に使者が立ったことを考えれば何の問題も無い。根拠としては弱すぎですね」
苦し紛れの言葉に力は無く、言い返されて終わりだ。
さらに、「そして」とアブーハの者は言う。
「ここで引くことなど出来ないのですよ。勝利を信じ戦ってきた者に顔向けが出来ませんからね。
我らは我らの意地を通す。
それが、アブーハの意思です」
結局、話し合いは平行線に終わる。
和平は結ばれず、戦争は終わりを見せない。
アブーハと、サーベリオンとの間には。