幕間:ミルグランデの変遷
戦線の拡大はアブーハ公爵にとって災いだったが、相対するミルグランデ公爵にとっては福音だ。ミルグランデ公爵の軍は徐々に押し込まれそうだったが、一月もすると戦線は膠着し、更に一月経てば逆に押し返すまでに至った。
ミルグランデ公爵の軍が強くなったから勝てるようになったわけではない。サーベリオン公爵の軍が強いからこそ、この結果なのだ。
ミルグランデ公爵はサーベリオンの軍が勝ち続けていると分かって、複雑な心境になる。
自分たちでは勝てないアブーハ軍に勝てるサーベリオン軍が脅威だと分かるからだ。
「今はまだ良い。今のサーベリオン公は自分から戦を望む者ではないからな。
しかし、次の世代はどうなる? 更にその次は?
我々は、新たな脅威に備えねばならない」
ミルグランデ公爵は、何も今すぐにサーベリオン公爵が脅威になるとは考えていない。
しかし十年後や二十年後を考えると、何もしないわけにはいかない。
「サーベリオン公との関係がどうなるにせよ、まずは我らが領地を取り戻さねば話にならぬのではないですか?
十年先の話も良いですが、目の前の問題を片付けずに済ませるわけにもいきますまい。
奇策に頼るなど下策の類い。国を富ませ兵を育てる。王道こそ最強の戦略ですぞ」
「だがそれで本当に戦力差が埋まるとでも? 我らが国を富ませるように、彼奴らも国を富ませ兵を鍛えるのだぞ」
なんとかしなければいけないことは誰もが分かっているが、だからといって積極的に何かをしたい、争乱を起こしたいと思わない者こそ大多数だ。
志高き彼らは必要であればこそ戦争も厭わないが、わざわざ不要な戦争をしたいとは思っていない。
なにせ、彼らは最近まで負け続け、戦う為の力を大きく削がれているのだから。
不安から戦いを挑む前に、傷を癒やす方が先なのである。
ただ、それでも不安なのだから戦力差をどうにかしたいと考える連中も全くいないわけではない。
正道王道、確かに善し。
しかしそれに拘り一敗地に塗れるようでは意味が無いと、動くべきは今だと主張する。
生き足掻く。それもまた、正しいのだ。
「しかし、具体的に何をすると?」
「アブーハに交渉を持ちかける。我らは国を取り戻したいだけだと。
あとはアブーハが動くだろうな」
もはや形勢は覆らない。
ならば傷を最小限にとどめる事こそ正しい選択だ。
アブーハも今なら奪った土地を戦うこと無く返すことだろう。そしてサーベリオンを攻めてくれれば、均衡を生み出せるかもしれない。
確かに、可能性はゼロでは無い。
普通であれば分が悪いかもしれないが、サーベリオンの異常な戦力増強のカラクリを考えれば乗ってくるかもしれない。
盤面は動く。
風に転がるようにそれぞれの陣営の優先順位と作戦目標が幾度も変わる。
出される答え、求められるイルムの死。
彼は、素直に死ぬ男では無かった。