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折れた翼の英雄譚  作者: 猫の人
1章 英雄の翼が折られる時(王国歴139~142年)
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運命の日④

 イルムが見たのは、すでに敵が撤収し、荒らされ終わった村の惨状だ。


 大人も子供も等しく大勢が死んでおり、生き残ったものは30人かそこらである。村を維持できる規模ではない。

 それに家屋が破壊されているので、住み続けること自体、今は無理だ。



 イルムの村は、壊滅してしまったのだ。


 イルムが何かする前に。

 イルムが何も出来ないうちに。


 時刻はすでに夕方から夜の帳が降りようとしているところ。これが昼前などであればまだ相手も居座っていただろうが……。

 相手の時間的な制約、そこを考慮しなかったイルムの判断ミスでもあった。





 気を抜くと倒れそうになる体に鞭を打ち、イルムは仲間のところに戻り、敵が全員逃げてしまったことを伝えた。

 もちろん、村が壊滅したことも。


 全員が取る物も取らず駆け足で村に向かえば、わずかに生き残った人たちが火を囲み、残った食料を食んでいるところだった。

 そのうちの何人かは酷い怪我をしており、なんとか生きているという有様だった。



「ただいま、戻りました」

「イルムか……」


 生き残れたクリフは、大けがをしたが死ななかっただけの者の一人だ。

 クリフの左手には骨に届く深い裂傷があり、肩から先がまともに動かせなくなっている。

 今はまだ生きているが、そのうち出血多量で死ぬだろうと、容易に分かる深い傷である。


「怪我なら治せるよ。『天空に揺蕩いし清らかなる力よ、地に満ちかの者の傷を癒さん』≪ハイヒール≫」

「お前、回復魔法まで使えたのか? って、傷が、完全に消えてる!?」


 イルムはクリフの傷の上に手をかざすと、回復魔法の呪文を唱えた。

 するとクリフの傷を光が覆い、光が消える頃には傷が跡形もなく消えている。


 ≪ヒール≫≪ハイヒール≫≪エクスヒール≫の順で強力になっていく回復魔法だが、骨折未満の怪我であれば二番目の≪ハイヒール≫で完全に回復できる。≪エクスヒール≫では過剰回復。逆に、≪ヒール≫では心許なかっただけだ。

 この辺り、イルムの経験不足でどこまでが適正かは分かっていない。勘でやっている。



 無事にクリフを助けられたイルムは、魔力の残量に余裕があったので、そのまま他の怪我人達も癒やしていく。

 中には手遅れ、すでに事切れていた者もいた。復活の魔法は死者を生き返らせられるほど強力ではないため、そこはもう涙をのんで諦めるしかなかった。

 死者は生き返らないのである。


 ゲームにおける復活の魔法は死者蘇生ではなく、瀕死を回避する魔法でしかなかったのだ。





 そうして生き残った者たちを癒やし終えたのだが、生き残っていた者の中には、村長もいた。

 イルムを嫌っている村長が、である。



「この、疫病神が!!」

「村長!?」


 村長は全員の傷が癒えたのを確認し終えると、イルムに向かって石を投げつけた。

 怪我人を癒やしていたイルムを仇敵でも見るような目で睨み付けた。


「貴様が、貴様ら親子が村に来たから、こんな事になったのだ! お前らが、ワシの村をこんなふうにしたのだ!

 死ね! 死んで償え!!」


 村長は狂ったように石を拾ってはイルムに向けて投げつける。

 イルムは素人の投石ぐらい楽に躱せるから、他の人に当たらないように、余裕を持って石を受け止めていく。

 周囲の村人は、遠巻きにするだけでなにも言わない。



「いったい、なんだって言うんだよ! 何もしてないだろ、俺!」


 一応、ここが襲われた理由を知らないことになっているイルムである。確度の高い予測はできるが、それでも知らないのだからと村長に問いかける。

 そうしてイルムが問いかけると、村長は手を止め、イルムを指差した。


「あの連中はな、村を襲った連中の目的はな、お前ら親子だったんだ!

 お前と妹をよこせと、そう言ってきたんだ!

 よそ者のガキなんてさっさと諦めれば良いものを、お前の親父はあいつらに襲いかかって無駄死にしたんだ! 他の自警団もそれで死んだ! さっさとお前らが居なくなれば、村はこんなふうにならずに済んだ! 全部お前らのせいだ!!

 ワシらが何をしたって言うんだ! 全部、全部、責任はお前らにある! 死んでしまえ、この疫病神!!」


 村長は言いたいことを言い終えると、再びイルムに向けて石を投げる。

 そして、やはり誰もそれを止めようとしない。


 イルムは何か言い返そうとして、直ぐに口をつぐんだ。

 何を言っても無駄だからだ。


 責任の一端は、実はイルムには無い。

 本来であればイルムがその理由を知り得ることは無いし、本来対策をするべきは死んだバルバスであり、相談も何もされていないイルムには関係の無い話だからだ。

 また、誰が悪いかを言えば、襲ってきた騎士達“だけ”が悪い。

 悪い奴というのは、悪いことをした奴なのだ。原因に罪を問うことは、普通ならしない。


 だがそんな理性的な話はこの場で何の力も無い。

 存在するのは感情論だ。

 理屈など、何の慰めにもならない。

 ここは法治国家では無く、人治国家であった。



「こいつらが居ては、またあいつらに襲われるぞ! 皆の衆、勇気を持って己の命を守れ!!」


 村長は何も言い返さず反撃もしないイルムに業を煮やし、他の村人にも石を投げろと呼びかける。

 すると、生き残った者からも次第に石が投げ始められる。

 一人、また一人と石を投げる者が増え、イルムはとうとう魔法を使って石を防がねばならなくなった。



「『風よ、矢玉を防ぐ壁となれ』≪ウィンドプロテクション≫

 おい! 皆、止めろよ! こんな事をして何になるって言うんだ!!」


 イルムは必死に村人に落ち着くよう呼びかけるが、それでも石は飛んでくる。


「お前がいたら、またあいつらが来る」

「私はまだ死にたくないのよ! 助けると思って、死んでよ!」

「お前さえいなければ!」


 騎士への恐怖が村人を動かしている。

 村長の言うようにすれば騎士に襲われないかもという、ありもしない希望的観測に皆が縋っている。


 先ほどイルムに傷を治してもらった者すら、場の空気に飲まれて石を投げている。

 また、後ろに居た仲間のうち、2人がイルムに掴みかかろうとした。


「お前らまで……」

「イルムさん……なんで俺の親父は、お袋は殺されたんですか? 俺、ちゃんとイルムさんの言うことを聞いていたのに! なんで助けてくれなかったんすか!?」


 この場でイルムを殺したところで事態は好転しないが。

 それでも、村の壊滅、身内の死という不幸に対する八つ当たりの対象、鬱憤のはけ口を誰もが欲していた。

 この場でイルムの味方になりそうなのは、妹と、仲間であった双子の娘ぐらいだ。



 イルムは状況を冷静に把握すると、覚悟を決める。

 最初にわめきだした村長の顔面を、鼻の骨が折れるぐらいの力で殴り飛ばした。

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